積極性の重要性 2

何事も積極的にやるとうまくいく
なんて言いますが

それは本当でもあり
そうでもなかったりもします。

どういうことかというと
積極的に取り組むと
手数が増えるわけですが
トライした全てがうまくいくなんてことは無いわけで
ある程度は望まなかった結果となります。

数を打つことで
「あぁ、そういうことね」
ということになっていきます。

とはいえ
手数が少なければ
そもそもうまくいくはずがありません。

消極的な人は
あまりチャレンジしないわけですが
それはなぜかというと
うまくいく保証が無いからとか
そんなことなのでしょうけど
まぁ、端的に言うと
どうしたら良いか分からないから
ですよね。

でも、やらないと
どうしたら良いかは分からなのですよね。

何か凄い矛盾ですが
そういうことになっているでしょう。

問:「何でやらないの?」
答:「だって…やったことが無いから、どうしたらいいか分からないんだよ」

うーむ。
この壁を乗り越えられるのは
とても賢い人かバカか、どちらかですね。

バカで良かった。

でも、バカの弱点は
好きなことじゃないとできないってところですね。

強みは
理屈で動いていないので
勢いが付いたら止まらないってところでしょうか。
それは同時に弱点でもあるのだけど
強みにするか弱みにするかは自分次第。


大したことがない中にも何かある…はず

こんな立場でこんなブログを書いていると
時勢に合わせたネタを考えようとするのは
当然なのかもしれないけど…

時に思うのです。

何も時勢に合わせることも無いのではないかと。

それは時と場合というか
時代とか状況にもよるのだと思うのだけど

時代とか状況とかに左右されない大事なものを
掘り当てていくのが、やはり大事なのだろうなぁ
なんて思うのです。

むしろそういうものの方が大事でしょう。

そういうものは、本を読んだりすれば手に入るのですが
では、本を読むんですか?って話もあるし
仮に本に出ていても、それを受け止められるか?ってのもあります。
ここ、結構重要なポイントです。

本を読むのが単に面倒だったりするなら
そりゃあ論外なのかもしれません。

仮に本の中に良い情報があったとしても
崇高なもの、難しいもの
自分の住む世界には関係ないもの
だなんて思ってしまったら
そんなのは利用できないわけで。

なので、立派な先生とか
難しい本からの知識や情報ではなく
むしろ私みたいな大したことがない人間が発する情報でも
何かしら役に立つことがあったりすると思うのです。

特に大した経験をせずとも
昭和ー平成ー令和と
世の中が色々変化する中を生きてきたわけだから
意識下に明確に残っていなくても
きっと何かあるはずなんですよ。

というか
誰でもそういうのを持っているはずだ、と。

そういうのって、冷静になって
自分の幼少のころから今に至るまでを振り返ったりすると
結構見えてくるんじゃないかと。

でも今は、それを十分に有効活用できているのかというと
どうもそんな気がしない。

だからこそ、何とかしないと
というわけです。

最近、何かが見えてきている気もするのですが…
もうちょっと色々試してみますか。

そういうのを楽しまないとね。

「変わる」ということ

「批判的思考」って聞いたことありませんか?

「なんでも批判的に見る」
みたいな嫌な感じがする響きがありますが
そうではありません。

言葉の意味を調べると
なんだか難しい説明が出てきたりしますけど
そんなの気にしなくて良いです。

簡単に言うと
「これ、大丈夫なのか?」
ということでです。

今の自分のやっていることは
ゴールに向いているか?この方向性で良いのか?
タイムラインは大丈夫か?このままで間に合うのか?
などなど
そんな風に、現状に対して疑うというか
確認するというか
そういう思考が必要だよ
ということです。

これ、学生に対して
「大事だよ」
と言う必要性があるってのは
よーく分かります。

だって、他人から
「あれやれ!これやれ!」
言われて従うばかりだったら
こんな思考は必要無いですから。

現状に対して疑問を持つことができなければ
自分で現状は変えられません。

現状を変えることができない
というのはどういうことか?

より良くするのも
困難を打破するのも
そして成長するのも
現状に対する変化です。

それができなかったら残念なことになるでしょう?
そういうことなんですよ。