自分はいるかい?

「自分、入るかい?」ではありません。

自分の意思で自身をコントロールしてますか?
みたいな意味です。

学生達を見ていて気付いたことですが
もちろん自分自身への問題提起だったりもします。
ひょっとしたら、多くの人にも共通するかもしれないネタです。
さぁ、いってみましょう。

日々、どれだけ「自分はこうする」
という意思によって行動できているか?
と言われれば、ほとんどできていないと言わざるを得ない。

人の行動のほとんどは無意識によるものだから
当然と言えば当然。

うまくいかなくても
なぜ自分はうまく行かないかを考えないし

ツイていないなぁと思っても
なぜ自分はツイていないのかを考えない

全くということは無いのかもしれませんが
そこを何とかしようとする人って
意外なほど少ないと思うのです。
どう思いますか?

意外なほど、自分自身をコントロールしようとしていないし
意外なほど、それにすら気付くこともない。

では、何者が自分をコントロールしているか?
何者が無意識を構築したのか?
といえば…
環境によるところが大きい。

自分以外の人間が
かつて自分に及ぼした影響によって
習慣が形作られて
無意識に、反射的に生きている。

あとは本能的なもの。

そんな風に言ったら言いすぎなのかもしれないけど
自分の意思によって行動していないのであれば
そうとしか言いようがないでしょう。

でも、ほとんど無意識なのであれば
自分が手を入れられる領域は
ひょっとしたら大きいのかもしれないわけで
そこを開拓できるなら
色々と面白くなりそうです。

今までそういうことを意識してこなかったのであれば
まだまだ面白くできそうですよ
ということです。

具体的なことを言うと
自分の習慣、癖に気付くこと
考え方や行動のしかたなどですね。
たぶん、これが結構難しい。

でも、そこに気付ければ
一体何のために何をやっているのかを明らかにして
では、どうしたいか?
を考えて試してみる。

それを繰り返せば新しい習慣になるわけで
習慣が変われば結果は変わります。
当然ですが。

と、長々書きましたが
端的に言うと…

現状で満足いっていないなら
何かしら変えるしかないじゃん
というだけの話なのですけどね。

満足いくようにしたい
という欲求より
変えたくない
という欲求が強いのであれば
どうしようもないのですが

あなたはどうですか?

どんなゴールをセットできるかが全て

何かにチャレンジすれば
何かしらの結果が出るわけですが

その時に
どんな影響を
どの範囲まで及ぼしたいのか

その辺がとても重要なのですね。
主にこれはゴールの設定段階の話です。

チャレンジの影響は
細かいところを見ちゃうと
色々あるのでしょうけど
つまるところ感情だと思うのです。

「安心」を得るのがゴールでも良いのでしょうけど
「喜び」とか「驚き」の方が
感情のレベルは高いですよね。

予想通りだったり、計画通りだったりすれば
結果としては「安心」が得られる。

予想を超える結果であれば
「喜び」とか「驚き」になるでしょう。

仮に、「優勝」を狙って計画して
それを狙い通りに達成したら「安心」かというと
そういうわけではありませんけどね。

影響を及ぼす範囲というのは感情の話です。
どのくらいの範囲の人まで喜んで欲しいの?
といった話しで

自分だけ
家族まで
友達まで
所属する組織まで
他人まで

といった感じで
様々な範囲が考えられます。

もちろん、チャレンジのレベルが高くて
成果が大きければ
感情のレベルは高く
影響する範囲も広くなるわけで

もちろん、そこで得られる経験も
チャレンジの大きさに伴って大きくなる。

そんなことは誰でも分かっていると思いますが
いざやるとなるとどうなるかというと
「まずは小さいところから」
となります。

気持ちは分かるし
多少は納得いきます。

でも、チャレンジするための
リソースが限られていたらどうしますか?

分かりやすいところで言うと時間ですね。

レーシングカーのFormula SAEをやろうが
惑星探査機のCanSatをやろうが
燃費競技のエコランをやろうが

大きな大会は年に1回なので
在学中には4回のチャンスしかありません。

その状態で
「まずは小さいところから」
なんて悠長なことをやっている場合ではないでしょう。

ヘタすると
一生のうちの4回かもしれませんし
このコロナ禍で、軒並み大会が中止になった世代は
一生に一度のチャンスかもしれないのです。

それに
タフなチャレンジでも
諦めなければ結構うまく行くものです。

加えて言うなら
他に影響を及ぼす大きなチャレンジは簡単には諦められない。
デカイ事言っちゃったら、やるしかないですから。

やるからにはベストを尽くすべきで
もちろんゴール達成を目指すべきです。
だからこそ、そこから得られるものは大きいのです。

自分の利益のためとか
「まずは小さいところから」とか
そんなことを考えていると

自分の労力を最小化して
結局は小さいチャレンジになって
価値が最小化しちゃうのですが

そんなのをどれくらい繰り返しても
大きなチャレンジにはなっていかないどころか
チャンスは消滅してしまいます。

でも結局、こういうのって
パッションとか勇気とか
そういうことなんだよなぁ
というところが結論だったりするのですが
で、どうするの?
ってことになっちゃうのですよね。

そんなことを日々グルグル考えてるんですよ。

潜水艦は飛べるか?

ビジョンを描いて未来を仮定して
それが及ぼす影響や効果を想像した時に
得られる感情がモチベーションの源泉となる
と思っています。

で、その時に
どれだけワクワクするかが
自分にとっての価値の大きさで
その大きさがモチベーションの高さを決める
そんな感じではないかな。

それらが頭の中にあるうちは
「見えないもの」なのですが
見えないうちは実現が難しいので
いわゆる「見える化」をして
具体的な行動に落とし込んでいくわけです。

この「見える化」は
チームで動くときは特に重要です。
だって、他人の頭の中なんて分かりませんから。

ですが!

問題は、激しくワクワクするような
ビジョンを、未来を想像することができるのか?
そんなゴールを設定できるのか?
というところだったりするのではないでしょうか。

理想的なのは
自らとんでもないゴールを設定して
そのワクワクするパワーで
ムチャクチャ頑張れる
といった感じなのですが

たぶん近年、そういうタイプは絶滅危惧種なのかもしれません。

だって、そんなのがいたらどう思われますか?

うるさくて目障りで面倒
そう思われませんか?

なので
できるだけ当たり障りなく
目立たないように行動する
そんな風になっちゃってることが
多いのではないでしょうか。

もちろん意識はしていなくて
習慣として。

それなら周囲は安心です。

親や先生からしてみれば
変なことを言ったりやったりしないので
面倒がなくて安心です。

友達だって、自分と差が付かないので
安心していられます。

学生のうちはそれで良いでしょう。
本当は良くないけど。

学校では、それでやってはいけるどころか
それでテストの成績が良ければ最高評価です。

でも、社会に出たらどうするんですかね?

学生のうちは目立たないように
潜水艦のように生活して
社会に出たら大空に向かって急上昇!

…なんてできません。
潜水艦の慣性力は強大で
そう簡単には変われませんし
そもそも海から出ることなんて想像もできません。
想像できないことは実現できません。

例えば
いわゆる良い子の場合
理性的で常識的なゴールを設定しようとするわけですが
それは今までの習慣からきています。潜水艦の慣性力です。
当然ながらそれでワクワクすることはありません。
安心するためのゴール設定ですから。
もちろんそれでモチベーションは上がらないわけです。

当然ながら、周囲は別にそれによって
何がどうなるわけでも無かったりしますので
「チームで価値を生み出す」
というような行動には繋がっていかないのはもちろん
お客さんをワクワクさせるような仕事にも繋がっていかないでしょう。

と色々言ってきましたが
これ、別に当人に言いたいわけではなかったりするのです。

本人がこういう状況を自覚しているなら
それは何とかすべきで
ぜひ頑張って欲しいのですが

前にも似たような話をしていますけど
そうなっちゃう環境を作ってきたのは誰なんですか?
という話なのですよ。

間違いなく年長者なのですよね。

年長者が若者達を理想通りに仕上げようとした結果でしょう?
もちろん、そのしわ寄せがあらぬところに出てきたりしているでしょうけど。

学生のうちは
「言われたとおりにやれ!」

社会に出たら
「言われないとやらないのか!?」
ですから。

まぁ、しょうがないといえばしょうがないのかもしれませんが。

じゃぁどうするの?
ってのが実に難しいところなのですが
彼らに「ああせいこうせい」するのではなく
彼らが描いたビジョンに向けて実現するチャンスを与えて
とにかく色々経験させてあげる必要がある。

そして
「深く静かに潜行しなくていいんだ。
飛んじゃってもいいんだ」
と思えるようになって欲しい。

と、まるで人にお願いしているような表現になりましたけど
実は自分に向けて言ってます。
さて、どうしましょうか?

年長者に責任がある
ってことは
年長者が「人ごと」じゃなくて「自分ごと」にするということで
それは「できる」に繋がっていくのですから、まんざらでもないですよ。