正解・不正解の先に

あらかじめ用意された「問題」
それに対しては「答え」がある。
それを「当てる」のが学び
とすると…

学生は教員に対して「合ってますか?」とくる。

こういうことをやっている状態でのゴールは何か?

間違えないこと
です。

評価は

  • 合っているか
  • 間違えているか

の二つ。

そこから脱する必要があります。
では、どうすべきか?

  • 「問題」は、本人が作るべきもの
  • 正解・不正解では無い
  • それを「形づくり」、「良くしていく」のが学び

そういうスタイルが必要ではないかな。

でも、これ、難しいですよ。

言ったことをやらせるのが教育だ
という価値観を持っていると、凄く難しい。

言ったことをやらせるのではなく、任せるのであれば
教員が“黙る”必要があります。

恐らく、ここが一番難しい。

学生が悩んでいると、教えたくなります。
既存のものに当てはめたくなります。
既存の価値観で評価したくなります。

でも、そこで介入したらお終い。

先が見えている
失敗すると分かっている
でも、言わない
結果と向き合わせる。

そうしないと主体性は発動しません。
自分で考えることができなくなります。