「どうしたいか」は思った以上に大事だ

何気なくもう
「どうしたいか」
これは以外と深いですよ。

欲求をあらわすものであり
価値観を反映するものであり
方向性を示すものでもある。

そして、「何のために」という上流のゴールとセットです。
もちろんこれも
欲求や価値観、方向性を含みますが、より概念的で抽象的です。

で、この「何のために」はゴールと言いましたが、色々考えたりやったりして、最終的に思い付くものではありません。
名前は「ゴール」ですが、最初に考え、決めるべきもので、思考のスタート地点です。
行動で考えると、最終的に到達すべきところ。
なので「ゴール」と呼びます。

当然ながら、その下流の
「どうしたいか」

「どうやってゴール達成したいか」
であり

さらに下流の
「どうやって」
は具体的な手段です。

ゴールは、最初に決めるべきものなので、あまり悩むところではないかもしれません。
問題は、「どうしたいか」だったりします。

というのも、これを飛ばして具体的な手段の
「どうやって」
を決めてしまうことが多いから。

特に我々技術系の人間は、ヘタに技術が好きなものだからそうなりがちです。
好きな技術を使いたくなってしまうのです。
技術って手段ですからね。

なぜこれが問題かというと、手段を決めると同時に結果も決まってしまうのですが、「どうしたいか」を飛ばすということは、ゴール達成の手段を固定化してしまうということです。

本来、チャレンジする時は、目的を達するために試行錯誤をする必要に迫られます。
この試行錯誤は手段に対するものであって、それは自由であるべきなのです。
だって、そうじゃないと結果は変わらないからです。

というわけで
「どうしたいか」
は大事なのですよ。
というお話しでした。