動機の内外について

このところ何度か記事にしている

内的動機で動くか
外的動機で動くか

これ、優劣の話でもなければ、善悪の話でもありません。
それぞれ果たす役割が違うということです。

両方いてくれないと困るのです。
そして、どちらを選ぶかは自分次第。

そう、自分次第なのですが、これが以外と厄介な問題なのです。

頭では「こうしたい」と思っていても、結果として内的動機で自律的に動けるかというと、なかなか思い通りにならないことも多い。

私は、外的動機で動くのが嫌いです。
本当にイヤ。

では、内的動機が十分に発動するかというと、これまた難しかったりもする。
それはなぜか?

面倒だからです。

多くの場合、内的動機が十分に発動しない原因は「面倒だから」だと思っています。
別に「面倒だなぁ」と考えたり、思い悩んでいるわけではなく、考える以前に行動が先送りになったりしています。

無意識に誘導されて、ものごとを先送りにして、最終的にいわゆる「究極の選択」(どちらも選びたくないけど、一方を選ばざるを得ない状況)をせざるを得ない。
そんなことが起きたりします。

あなたはどうですか?

この意識せずに「面倒」が発動するのは「無意識下で」ですよね。
これ、習慣に根ざしているということです。

無意識をバカにしてはいけません。
意識の外なので、気付けないし、自動発動で、抗うのが難しいからです。

なので、解決するには習慣を変える必要があります。

習慣を変えるには、意識的に繰り返し行動することが必要です。
それが意識せずに実行できるようになると、その時点で習慣の上書きがされているということです。

が!
それを実行するにも動機が必要。
できれば、それも内的動機が良いですね。

そんなことを考えていくと、鶏が先か卵が先かとか、マトリョーシカみたいです。
グルグルグープしちゃいそうです。

というわけで、何か原点となるものが欲しいですね。

それがゴールの設定です。
そして、それは自分にとって魅力的なものである必要がある。

と、そんなことを考えてみました。