教育も変わらねばならんでしょう

大学入学共通テストなんてのを毎年やってますね。
私は毎年、試験監督として関わっています。

規模も内容も大変なイベントですよ。
まぁ、効率を求めるとああいう形になるのでしょうね。

でも、あれでいいのかな?
と思ったりもします。

あの試験でうまくいくと
人生うまくいくのか?
と。

あの試験でうまくいく人が
多くを幸せにするのか?
と。

昔は良かったのかもしれませんけど。

ちょっと前の話ですが
世界規模で超ビッグなビジネスをしている
ある有名企業が
今後の求人では大卒・大学院卒ではなく
高卒・高専卒に力を入れていく
と言い始めました。

これはあまり外に出ていない話で
もちろんニュースなどにはなっていませんが。

うん、分かる。

もういい加減限界なんですね。

学力という形式的な知識を得ることに特化した若者が
開発業務に適応できないことが分かったのでしょう。

だったら
そういうスタイルに染まる前の
真っさらで素直でパッションに溢れた若者が良いということでしょう。
その方が可能性がある
と。

それを社内で育成していくということでしょうね。
体力のある会社だからできることではありますが。

これがうまくいき始めると
流れが大きく変わりますよ。

学校は大きく変わる必要に迫られるはず。

ひょっとしたら
既存の学校の枠にとらわれない組織が生まれるかもしれません。

そもそも
何事も変化が無くそのままで
永久に情況が保たれるなんてことはないので
いつか必ず変化の時がやってくるのです。

私のような大したことがない人間が
なぜ偉そうにこんなことを言えるかというと
常識だからです(笑)。

多くが今のままで永遠に継続できる
継続すると思い込んでいたりします。
あらゆることに対してではなかったりしますが
ある特定のことについてはそう願っている場合が多い。

教育なんてのはまさにそういうものですよね。
世の中は、その時々によって
大事なものが変化したりすることがあるわけですが
その大事な何かのためにやっているのですから
その「何か」(目的)が変われば
やり方(手段)も変えざるを得ません。

何のためかは良く分からないけど
手段を積み上げれば
何か目的ができるだろう
みたいな今のやり方はボチボチ限界でしょう。

何のためか良く分からないことをやっていても
楽しくないので成果は上げられないし

そんなことでも我慢してやれば
将来の選択肢が増えるよ
なんて理由は成立しないのではないか
と思うのですが
どうなんでしょうね。

色即是空 空即是色

色々あるけど正解は一つじゃない

たまに思うのですよ
独裁政治の国に生きている人は幸せなのかと。

我々の側から見ると
窮屈で困難そうだけど
そこに住んでいる人は
まんざらでもなかったりするのではないだろうか。
そもそも価値観が違うというのもあるでしょうから
単純比較は難しいとは思いますが。

独裁制の場合、統治者が決めたことをスピーディに実行できる
というメリットがあったりします。
この辺は自由主義国にはマネできないでしょう。

厳しい自然環境で生活する場合
強力な権力を持った少数が統治した方が
メリットがあるのだと聞いたこともあります。
確かに独裁制の国は厳しい環境に多いのかも。

そんなふうに
デメリットもあればメリットもあるのですね。

とはいえ、独裁制の国に住みたいとは思いませんけどね。

でも、向こうから見れば
こっちが不幸な国に見えるのかもしれなくて
「あんなところには住めない」
と思っているかもしれませんね。
自由主義国ならではの
しょうもない事件なんてのは
独裁制の国に住んでいないと分からないのかもしれません。

独裁にしても自由にしても
いずれもプロパガンダが効いている気がしなくもなくて
本当のところは行ってみないとよく分からないのかもしれません。

ベトナムなんて社会主義国だけど
行ってみたら、なんとなくホノボノしてるような雰囲気でしたし。
あそこは独裁ではないのかな。

そうそう、プロパガンダといえば
昔エジプトに行った際に
お土産物屋で値引き交渉をしたら
「安くするから、みんなに俺の店をプロパガンダしろ!」
と言われたのを思い出しました。
そうか、あなたたちはそう言うのか(笑)
これはどうでも良い話だけど
プロパガンダで思い出した愉快な思い出。

何が言いたかったかというと
正解とか不正解とか
答えは一つではなかったりするよね
というようなことなのです。

でも、学校教育は正解がなければならない世界
そうしておかないと評価できないから

なので、学校で普通に学ぶと
課題には正解があるのだという考え方になる
それは当然。

でも、多くのことには
メリットもあればデメリットもあったりするのが普通で
「何のためにどうするの?」
というようなことが重要なのですよね

というようなことが言いたかったのでした。

ものを作るのも同様で
正解なんてそもそもありません。
それは自分で作るものですから。

積極性の重要性

うまくいく・いかない
これは気持ち(心)の問題ですよ
というお話しです。

うまくいかないときに自己点検してみましょう。

積極的にやっているか?

積極的でないのに
うまくいくはずはないのです。
当然なのだけど、それに気付いてますか?

何かをやってうまくいく
というのは

自分が外に向けて発した価値が
何かしらの形で受け入れられたり認められたり
それで誰かが喜んだりしている
ということです。

積極的に価値を発信した結果
うまくいっているわけで
多くは
うまくいくまでチャレンジし続けたり
しているわけですが

「うまくいっているから、あの人は積極的な態度を取れるのだ」
なんて誤解されるケースも多いのではないでしょうか。
ロジックが逆ですよね。

そして
うまくいかない人の特徴は消極的であること
これは当然なのです。

消極的であるということは
受動的であるということでもあって
受け止める人
ということ。

受け止める
という姿勢なのに
価値を発信できるはずはない。

足りない部分を埋めるようなやり方をしたり
間違えているものを正そうとしたり
そういうこともあります。
もちろん悪いことではないのですが

仮にそれが完璧にできても
許容できる最低限になるわけですが
最低限のものに価値を感じるでしょうか。

コンペティションをやっていると
これらは簡単に分かります。

積極的に打って出ないのに
うまくいくはずないことは
簡単に分かりますから。
当然ですが。

消極的な考え方とやり方で
うまくいくはずはないからです。

さらに言うなら
言われたことをやる
とか
不足分を補う
マイナスをダメな部分を補う
なんて方法で勝てるわけはないでしょう?

それらを全力でやって達成したところで
マイナスがゼロになるだけですから。

ダメな部分をちゃんとする
というのは大事なことではありますが
それと積極性を持つというのは別な話であって

ダメな部分をちゃんとしてから
積極的にチャレンジだ
みたいのは時間の無駄だと思うのです。

両方大事なら同時にやるべきでしょう。

それが無理なら大事な方を取るべきです。