やはり利他ですな

今の世の中がどんな風になったら
もっと幸せな世の中になるのでしょうね。

個々が自分の幸福を追求して
みんなが幸福になる

なーんてことは無いよね。
と思っています。

だってそれって
みんなが利己主義になるってことでしょう?

個々の幸福とか利益を追求していくとどうなるかというと
失うのが怖くなるんじゃないかな。

似たようなので
自分を守ることばかり考えていると
自分が攻撃されたり
自分の領域を侵されることが怖くなるでしょう?
そんなことないですか?
で、ますます守りに入っていく。

組織の中で
自分のことばかり考えていると
他から見るとその当人って
あまり価値が無いんですよね。
まぁ当たり前なのですが。

学生って若いわけで
生命体として弱い子供の時期から
大人としての自立に切り替わる時期なので
この辺が難しいところなんだと思います。

弱い子供は
自分が生きることに必死で
当然、自分のことばかり考えるのが自然で
周囲もそれを助けますが
成長すれば自分が周囲を守ることによって
価値を生み出す立場に切り替わっていく。

この場合の価値を生み出すというのは
仕事で考えると分かりやすいですね。

仕事で生み出す価値によって
会社が守られたり
お客さんや地域の利益に繋がったり
国力が保たれたり。
で、自分の価値が確立されていくのですね。

なもんで
自己の利益とか保身とか
そんなことを考え始めちゃうと
仕事の方向性自体が変わってきちゃったりするんだと思います。
自分に課すハードルが最低限になっちゃったり
そもそも向かう方向がおかしかったり。

夢工房で頑張る学生達も
大抵はこういう壁にぶち当たります。
最初は自分の興味とか利益でスタートしますから当然です。
でも、色々コンペティションやってたりすると気付くんでしょうね。
「これじゃ勝てねぇ」
って。

そんな彼らの変化を見ているのも楽しいものです。

コロナ禍に思う もっと色々やろうよ

学力に秀でた人は必要です。
でも、皆が同じ能力を持っていなければいけない
というなら、そのやり方は危ういと思います。

日本は安価な量産品で勝負していこうというやり方が
すでに成立しないポジションにいるし
AIが台頭してこようとしているのに
皆が同じように勉強できなきゃいけない
ということはない。

というのも
今日は成績が不振な学生と面談をしたのです。

で、思ったのが
彼らなりに良いもの持ってたりするんですよね。
結構パワーを持て余してる感があります。
もちろん、人によって様々ですけど。

何かもっと良いやり方があるはずです。
もっと彼らのパワーを活かすやり方があるはず。

同時に感じたのは
やはり自信の無さから来るものなのか
自身で蓋をしてしまっているような印象も受けます。
うーん、もったいない。

学校って、せっかく大勢が集まってるのだから
その中で、それぞれが違ったことができて
それらを統合して何かを成す
といったことが本来あるべき姿
ではないだろうかとも思います。

皆が皆、言われたことができなくたって
他にできることがあるはず。

会社なんてそうですもの。
現実の社会の成り立ちから
離れちゃってるんじゃないかな。

私のところの学生の多くは
エンジニアを志望してたりするので
価値あるもの(つまり新しいもの)を
生み出せるようになって欲しいわけで
創造性が重要なのですね。

で、いきなり凄いものじゃなくても良いし
発明的なものでなくても良いので
レベルの低いことからでも
とにかく新しいものを生み出したり
とにかく作る努力をして
それをレベルアップしていく
プロセスを体験することが重要なのではないかな?
と思うのです。

何とかそんな機会を作ってあげたいものです。

コロナの感染拡大で
オンライン授業に逆戻りしてしまったので
悔し紛れにこんなことを書いてみました。

今、色々と動くのは難しいかもしれないけど
心が萎まないようにメンテナンスする必要はありますね。
さて、どうしようかな。

見えない物差しを作ろう

今、この瞬間において

学がある方が上とか
金や物を持っている方が上とか

そんな価値観が蔓延している。
というか常識?
結局、何かしらの物差しで測って
他と比べて安心したい
というようなことに一所懸命になっているのですね。
まぁ、分からなくもないです。
多くはそうしています。

夢工房の連中も様々なコンペティションで競争しているわけで
「他と比べて」というようなことに熱を上げているわけですが
実は本質はそこではないのです。

もちろん、勝つために頑張ることに
意義や価値があるのは間違いありません。
特に「一番になるため」に頑張る
そのためにチームで力を合わせる
そんなことは生涯を通じて
誰でも経験できることではありません。

そのために
他人のやらないことや
本当に好きなことを
一所懸命やるところに
優位性とか独自性とか
自信とかやり甲斐とかがあって
そんなところに価値が生まれるわけで
そこが、こういった活動の本質なのだ
と思っています。

その物差しは見えません。
さらに理屈じゃないので壊せません。

さて、いつも思うのは
「多くはそうしている」というようなことで
価値を生み出すということが
いかに難しいことか
そういうことを考えている人って
あまりいないんじゃないかってことです。

多くは 「多くはそうしている」 ことが
もっともリスクが低くて
もっとも楽なんだ
と思っていますよね。
間違いなく。
それ、本当なの?
それ、誰のリスクなの?
そう考えている事自体はリスクじゃないの?

奇しくも
このコロナ禍で色々なものが明らかになってきています。
かつての「多くはそうしている」
そんな物差しが今現在も有効でしょうか?
これからはどうでしょうか?

後悔無く生きたいなら
良く考えてみた方が良いです。