逆のアプローチはなかなか手強い…というか無理

やり方が逆だよ

言われてもなかなか分からないと思います。

最終的に目指したいもの
それを形にするために必要なことを
ブレークダウンして
今やることを決める。

ものを作ると分かりますけどね。

例えば
クルマを作るときに
構成する最小の要素から設計する
なんてことは絶対あり得ません。

「まずは素晴らしいボルトから設計だ!」

そんなことはありえない。

最終的に目指したいカタチを決めてから
それを構成する要素に分割していきます。

ビジョンを実現するために
手段を決める
ということです。

そのロジックが重要。

とにかく今できる手段をやってみて
それでどうにか…
なりませんよ。

学校での勉強って
何のためなのかは関係なく
とにかく基本からやっていきますよね。

もちろん基本は大事なのだけど
ちょっと考えて欲しいのは

それ、一体何の基本なの?
何のためなの?

ってところ。

もちろん義務教育なんかは
生活する上で最低限必要なこととか
その上の学びを得るために必要なこととか
そういう意味での基本を習得するのでしょうけど

それを過ぎたら、そこから先は
一体何のため?
というのが重要だと思います。

何のためでもないことを
一所懸命やってるってどうなんでしょうね?

何のためでもない細かいことを
几帳面に積み上げていけば
そのうちきっと何かになる…?

そんな「出来なり」でいいの?

デッカイ夢を持つと
「そんなの無理だよ」
と言われたりするかもしれないけど

実現するためには何が必要か?
と考えて
徐々にブレークダウンしていくと
結構なんとかなるもんです。

要は、考え方の構造が大事だよ
ってところかな。

間違ってもいいから ダメでもいいから

言いたいことがあるけど黙っている
やりたいことがあるけど我慢する

一度しか無い人生なのにそれでいいの?

ヘタすると
自分がそうなっていることすら
気付いていないこともあります。

でも、どうしてそうなるのかは良く理解できます。
経験に基づく習慣でそうなっちゃってるんですよね。
大抵はそうでしょう。

幼少の頃から
言われたことをやる良い子だったりすると
その行動自体がリスク回避になっていると思います。
傷付いたり
怒られたり
そんなことを回避できますから。

でも、若いうちに目先のリスクを回避する行動を取っていると
自分の考えや行動に対するブラッシュアップの機会を失って
磨かれないまま年齢を重ねることになります。

すると、ずっと時間が経ったときに
そいつは巨大なリスクとして再登場します。

で、色々諦めなくてはならなくなる。

でも、そうなった人は
堅実とか
現実的とか
言われるのかな。
その辺は良く分かりませんが。
でも、面白くはならなそうですよね。

言いたいことややりたいことを我慢すると
そのぶん楽になる面もあるわけで
だからこそ
そうなったら
そこから脱出するのは難しいでしょうね。

というわけで
大学生の時分は
言いたいことをやって
やりたいことをやって
色々経験するなかから取捨選択して
自分の人生を形づくっていくといいのではないかな
と思うのです。

昨日と今日はオープンキャンパスで
たくさんの高校生が夢工房に来てくれました。
で、こんなことを思ったりしたわけです。

やらされ症候群~今がチャンス

そんな病気があるわけではないですけどね。

なんだか学校では
みんな言われたことばかりやらされて
「やるべきこと」
と思っていることが
果たして自ら望んでいるものなのか
他から押しつけられていることなのか
そういう判断ができなくなってきているように見えますね。

そんな状態だと
やることが最低限になっちゃうのは当然で
高いパフォーマンスなんて到底発揮できるはずはないのです。

というふうに
批評を言いたいわけじゃなくて

多くがそういう状態なら
これはチャンスなんだよね
ということが言いたかったのです。

最低限のことをやりたい
という者が多ければ

そんな中でで
「もう我慢できねぇ!」

好きなことをバリバリやってる奴がいたりすると
面白くなってくるんですけどね。

もちろん本人は面白いでしょうけど
それを見ている第三者も面白くて
そうなると色んなチャンスが転がり込んできて
雪だるま式に凄いことになっていく
そう思います。

そう、だから今はチャンスなんですよ。

皆が再起動してからじゃ遅いよ!