チャンスは誰かが持っている

クッソ、ナントカ…
バカ、ナントカ…

よく聞きませんか?
あなたは言っていませんか?

単に
みんな言っているから
流行っているから
そんな特に理由にもならない理由で言っているのだと思いますが。

アレ、ダメです。

何がダメかというと
無意識の話なんですが

無意識は、人称を理解しないのです。

なので、ソレを
特に誰に向けてでもなく
特に悪い意味でもなく
普通に自然に使っていると
無意識は
それが自分に向かっているという理解をします。

なので、自然と
クソでバカが入ってしまいます。

恐らく、クソでバカな人生になります。
少なくとも、そういう可能性が高まります。

まぁ、本人はそれでも良いのかもしれませんが
周囲で言っていたら耳に入ることもあります。

前向きに頑張ろうとしている者には
ネガティブなワードは気持ちよくない。
正直、迷惑です。

なんかここまで愚痴っぽくなりましたが
大事なのはここから。

誰しも
何かしらうまくいって欲しい
と願っているはずなのです。

そのために学校に行ったり
何かにチャレンジしたりしています。

うまくいくために必要なものは色々あるでしょうけど

重要なものの一つに「チャンス」があります。

これが手に入るのを
宝くじが当たるのを待つように待ちますか?

まぁ、何もせずに待っていても
何も来ませんけどね。

というのも
チャンスは自分がすでに持っているものではなく
第三者が持っています。
思考と感情を持った人間が持っているのです。

会社だったら上司や先輩
学校なら先生や先輩かな。

で、チャンスを持っている人は
それを誰かにあげたい
と思っている。

どうせあげるなら
うまくやってくれる人や
面白くしてくれる人に手渡したい。

そんな時
クソとかバカとか言っている人に手渡したいだろうか?
考えるまでもないでしょう。
そういうことです。

よく失敗しちゃうのは
いわゆる「優秀な人」にチャンスを手渡してしまうことです。

私も初めて部下を持ったときにやらかしました。

これ、本当に仕事ができる人なら良いのですが
単に学校の勉学の成績”のみ”が優秀な人に手渡しちゃうと
うまくいかないことがありますね。

というのも
例えば「新しいものをつくる」というチャンスには
だれもやったことがないことをやる
というミッションが内蔵されています。

こういうのにチャレンジすると
失敗したり行き詰まったりするのですが

そこからどうするかは
パッションやマインドの問題であって
形式的な知識の保有量の問題ではありません。
もちろん、知識があるに越したことはありませんが。

パッションがあるヤツにチャンスを渡せば
多少知識が不足していても何とかしちゃいます。
その逆は、あまりお目にかかったことがありません。

チャンスを掴むには
チャンスがあるところにいなければならないし
ちゃんを手渡せる距離にいなければならない。

そういう環境にいる
というのが必要最低限の条件です。
当然ですが。

もちろん
リスクは取りたくないけどチャンスは欲しい
という矛盾した欲望は捨てましょう。
それを本当に望むと
凄く難しいことになりますから。

そう。
チャンスというのは多面性を持っていて
ある方向から見ると素敵なのですが
別の方向から見ると
リスキーで面倒くさいのです。

掴んでみて
やってみないと
正体は分かりません。

なので、面倒を排除して楽をしたいなら
チャンスなんて見向きもしないのが一番
ということになりますね。

もちろん、そんなの面白くないよね!

ということで
夢工房では、ものをつくるだけでなく
こういうネタを皆で話し合って

あーじゃない、こーじゃない
と、やってます。

技術は人なり
ですから。

アイデアが出るとか出ないとか

何か新しいことをやろうとしたとき
アイデアが必要になります。

最適なアクションのためのアイデアを出すためにはどうすべきでしょう?

「良い」アイデアのためには
まずは多くのアイデアを出すべきです。
一つじゃダメ。

なぜかというと
「良い」
というのは相対的なことなので
複数のアイデアを比較して、はじめて
「良い」
と言えるからです。

やっちゃいけないのは
一つ思い付いて
それだけやっちゃうこと。

なので、初期段階では
可能な限り多くのアイデアを出すべきです。
次に
選択して集中する
というアプローチです。

この時
「良いもの作りたいから
良いアイデアを」
と思うのは当然なのですが

ダメなアイデアを出して
何がダメなのかを考えるのも悪くありません。

アイデアの出し方のアプローチは
先人達が苦労して「技」を編み出していたりもするので
興味があれば色々調べてみるのも面白いと思います。

特に航空機の開発においては
興味深いノウハウが結構あります。
圧倒的にアメリカが多いですが。

さて
このアイデアを出してアクションに結びつけていくアプローチについて
思うことがあります。

最近は
多くのアイデアを出すのが苦手なコが多い気がするのです。

これは能力的な問題ではなく
習慣によるものだと見ています。

机の上のお勉強ばかりしていると
ゴールはあらかじめ決められている
一つの「正解」を導くことであって
それは決められた一つのアプローチによる場合が多いのではないでしょうか。

なので、考えはじめると早々に
一つの考えに収束してしまって
広がりが持てない。

そして
正解か不正解かという考え方をすると
発展もしない。

結果として
突拍子もないものや
変なものは
そもそも俎上に上がらない

なので斬新なアイデアは生まれない

そういうことではないかと。

これ、学生を管理する側としては
面倒が無くて楽な方法です。

「正解以外は受け付けないぞ!」

そうなると、定量的で明確な評価ができます。
クレームを受ける心配も無い。

正解はは正解
間違いは間違い
ちゃんと正解を出してから持ってらっしゃい。

そういう訓練を十数年受けると
それが当たり前になっているので
そこから変えるのは
なかなか難しいと思います。

でも変えなければ。

だって
そんなのパソコンみたいですものね。

人間にそれをやらせたら
コストパフォーマンスが悪いだけでなく

全く面白くありません。
色んな意味で。

しかし、これは外力ではどうにもならないと思っています。
本人が、それを望まない限りは。

でも、恐らく本人は
そういうことに気付いてすらいないから
望みようもない。

さて、ではどうするか?

やはり本人自身が
望むものをゴールに設定して
壁にぶつかるしかないでしょう。

それが欲しいから
壁を越えるしかない

という状況を作って
自ら努力と工夫をするようにするしかないと思っています。

やはり環境が重要かと。

果たして夢工房がどうなのか
それはすぐには分かりません。

あと数十年経って
初めて分かることかもしれません。

なので、結果なんて待ってはいられない。

日々反省とリファインを繰り返して
信じる道を進むしかないと思っています。

うん。
不完全な現状に対する
もっともらしい言い訳ができた気がします(笑)

早くひっくり返れ

文明が発展して
色々満たされて…

堕落する

そんなサイクルをグルグル回しながら
我々人類は生きてきたわけですが

今はどうなんでしょう?
どんな位置にいるのでしょう?

というのが日頃気になっているのです。
このブログでも何度か記事にしているように。

安全、安心を求める欲望があるけど
それは、ある程度根源的な欲求が満たされた末の
オマケみたいなもので
高い技術とか意識とかによって実現されます。

それを求めるレベルに達していると
恐らくすでに失っていることがあって

それを求めると
反対に失うものもあったりするはず。

分かりやすいところでいくと
近年の電化への動きです。

本当に、それはエコなの?

そもそもエコってなんなの?

地球の環境を「良くする」って
果たして誰のためなの?

我々が良い暮らしをしながら
地球環境を守るって
そんなの本当にできるの?

疑問は尽きません。

環境問題だって
色々な論があったり疑惑があったり

今や何が本当なのか分かりません。

で、そんなのに思い悩んでも仕方ないと思っています。

もちろん、環境を改善するというのは
とても大事なこと。

できることを
できる範囲でやりましょう。

あとは、自分のミッションですよ。

自分が信じたことを一所懸命やるしかないのです。
大したことはできないかもしれないけど
だからといって何もしないってのは
あまりに残念
というか
面白くない。

そのうち今の
何を信じたら良いか分からない現状が
ひっくり返る時が来るでしょう。

ひっくり返るその瞬間を楽しむためには
考えながら待つのではなく
考えながらやる
それしかないでしょう。

「やらない」中からは何も生まれませんから。

今の状態は、時が経たないと評価できないけれど
評価できる時になってしまったら
この現状は変えられない。

だったら
ヘタに賢い人ぶって講釈をたれてるのではなく
できることをやるべきです。

おぉ、自分で言っておいて耳が痛い(笑)

反省はしてもいいけど
後悔はしないように。