オープンキャンパス1日目

今日はオープンキャンパスでした。
ここ、鳩山町の気温は大変高いのですが
色々な意味で熱い1日でした。

夢工房の学生達は
盛り上げるために色々と企画して準備していましたが
今日はなかなかモチベーションが高いお客さんが多くて大盛況
って感じでしたね。

うん。良かった良かった。

ウチの学生達
日頃の開発作業はもちろん自発的に頑張ってますが
こういうイベントの時も
何も言わなくても色々考えてチャレンジしてくれてます。
ありがたいことです。

どうも最近の傾向としては
ここで活動したい
という明確な希望を持って来訪する高校生が多いようです。
学年も、3年生だけでなく、1年生のうちから見に来てくれたり。

これもひとえに過去から現在に至るメンバー達のお陰だなぁ
と思います。

今日なんかは
「フォーミュラをやってる大学で
海外の大会に出てるのは東京電機大学だけだから
ぜひ入りたい!」
とわざわざ見に来てくれるコがいたり。

惑星探査機CanSatも知名度が上がっているようですね。

今後の活動で成果を出して
日本中からチャレンジャーが集まるようになるといいな。

明日は2日目。
どんなお客さんが来るかな。
お楽しみ。

世の中そんなにダメとかムダとかないのでは?

言われたことができない
とか

集中力が無い
とか

子供の頃に言われましたか?
私は色々言われましたよ。

幸いなことに
嫌なことは忘れるたちなので
ほとんど覚えてませんけどね。

余計なことをさんざん言ったりやったりして
さぞや面倒な子供だったことでしょう。
先生ごめんなさい。

さて
人は色々と短所や弱点を持っているものですが
多くの場合は
それは何かとのトレードオフが効いてます。

一見、しょうもない特性を持っていても
その裏返しがあったりするものです。

「言われたことができない」
の裏側には
「自分で考えたようにやりたい」
があったり

「集中力が無い」
の裏側には
「色んなことをやりたい」
とか
「もっと広いフィールドを見たい」
なんてことがあったりします。

でも、多くの場合は管理側の希望に合わなければ
そこにフォーカスして
「それは短所である」
ということになります。

中には単にアナーキーな特性を発揮しているだけで
確かにどうしょうもない場合もありますけどね。
そういうのも一時的だったりもしますが。

問題は
「それは短所である」
が管理側の意見だけでなく
本人にも定着しがちだというとこ。

そう言われた本人は
よもや自分の中に
短所の裏側の長所があるなんて
夢にも思っていません。
なので、自分でも伸ばしようがない。

裏側に潜む長所は
外に引っ張り出して
白日の下にさらして利用しないと
長所として認識できません。
自分ですら。

誰かがそれに気付いて
引っ張り出して役立てない限りは
ずっと埋もれたままになるかもしれない。
何ともったいない!

と、こんな考え方は
しょうもない幼少期を過ごした、しょうもない者が
似たような連中にシンパシーを感じてるだけ
…のような気がしなくも無いですが
さにあらず。

一般的に表に出る一般的な長所って正直なところ
戦略的にはあまり強みにならなかったりするなぁ
と思っているのです。

もちろんそういうのは大事ではあるんですよ。
でも、常識的に誰にでも分かりやすい長所って
誰にでも想像付いちゃったり
同じことをできることは結構いたりして
希少性や優位性になりにくくて
武器にならんのです。

でも、皮肉なことに
裏側に潜む長所を引っ張り出そうとしても
本人がそれを長所と認められなくて
拒否することもあります。

「イケるぞ、それ!」
と言っても
「いや、ダメっすよ」
みたいに。

もしくは、ダメだと口に出さないまでも
動けないとか。

これ、何なのでしょうね。
過去に短所を認定してくれた人に対するリスペクト?

まぁ、自分の人生は自分のものなので
好きにしたらいいのですけど
なんかもったいないですね。

見えるようにしよう

「見える化」なんて言いますね。
普通の学生はあまり気にしないかな。

でも、ものづくりをやってる学生達は
結構こういうのを大事にしていると思います。

もちろん、夢工房の学生達にとっても大事なことです。

たぶん普通の学生では理解しにくいと思うのだけど
頭の中で考えていることって
凄く曖昧で
それを整理するとか
構築していくとか
思いのほか難しいのです。

それらを見るようにしてあげると
途端に明確になって
うまくいったりします。

こういうのを

「頭で考えたって紙に書いたって同じでしょ?」

なんて思いがちですが
さにあらず。

頭から出して紙に書き出す
ということは
記憶領域の拡張をしていることにくわえて
掴み所の無いイメージを
見える形まで具体化しているので
ハンドリングしやすくなるのです。

ボヤーッとした掴み所の無いイメージ
つまり見えないものなんて
とてもハンドリングできません。

ものをつくる
というのは
頭の中の掴み所の無いイメージを
最終的な物体にすることです。

イメージから物体へ
急激に移行することはできないので

徐々に具体化、具現化していく必要があります。
その最初のプロセスが
(というか、作る直前までのプロセス)
書く(描く)
ということです。

そうそう
「徐々に」
というのがポイントで

アイデアから突然物体を作れないように

アイデアから急に図面にする
というのも難しいことで
まずはアイデアのスケッチをするとか
曖昧さをある程度許す
中間のプロセスが大事だったりします。

というわけで
面倒でも書く
というのを習慣づけると良いと思います。

私が気をつけているのは
その書き方です。

文章ならば
箇条書きにしない

なぜかというと
箇条書き
という形にした途端に
書いたものの順番とか関係が固定化されて
自由度が無くなってしまうからです。

なので、ブロック状に空間にバラバラと配置したりして
書いた後に関係を変えられるような書き方をします。

ポストイットにネタを書いてブレインストーミングする
なんてのはそういうことですね。

あと、技術関係ならイラストを多用するでしょう。

その際は
大きく描くこと。

小さく描くと分かりにくいだけでなく
発展が制限されますから。

色々付け加えたり
注釈を付けたり
そういう発展性が大事です。

アイデアが浮かんだ状態とか
タスクが発生した状態とか
最初は見えない状態のものを
何とかするのは難しいけど

見えるようにしちゃえば何とかなるかもよ
というお話しでした。