ものづくりは未来だ

そんなふうに思うのです。

この場合の「ものづくり」は
何も物体に限りません。

ソフトウェアだったり
アート作品だったり
クリエイティブなもの全般です。

もちろんクリエイティブじゃなくてもいいのですが。

何でそんなことを思ったかというと
教室で学ぶ知識って
100%過去のことで
もちろんそれは重要なのだけれど

過去のことを知っていたからといって
それが未来をつくることに繋がっていくかというと
そんなことはないだろうな
と思ったからです。
現状維持には、とても役立つだろうけど。

もちろん、知識が未来をつくり出す
そんなこともあるでしょうけど
それは知識のお陰じゃなくて
それをハンドリングする人の
パッションによるものです。

何かをつくり出すって
新しいことをやるという意味だから
やってみなければ分からない世界です。

勇気を持って
やってみなけりゃ分からない世界に
ぶち当たっていける若者を量産するための工夫はなされているかというと
そんなことは無いですね。

一部の学校は先進的なトライをしているようだけど
決して多くはないです。

でもまぁ、そりゃぁそうでしょうね。

やってみなけりゃ分からないことをやっている連中なんて
どうやって評価したらいいのさ?

そういうことをやってみよう!
と言うのも勇気が必要だったりするのかも

そういうことじゃないかな?
だとしたら、既存の学校の枠では
どうにもならないでしょう。

でも、大事なのは
その時の評価じゃなくて

将来どうなるか?
ということですよね。

なので、やってる最中は
それが役に立つのかとか
競争力があるのかとか
そんなことは分からない。

やっている最中は
可能性は感じるかもしれないけど
確証が持てない
定量的には評価できない
そういうことになるでしょう。

確証とか保証が欲しい人には耐えられないかもしれない。

でもね、そもそも
形式的な知識を持っていれば
成功するとか
幸せに慣れるなんて
一体誰が保証してくれるんだい?
と思っちゃうんですよ。

まぁ、でも
そっちの方が説得力ありますからねぇ。
一見、もっともらしいですものね。

まぁ、そういう教育システムという大枠は
偉い人達に任せておくとして

我々は我々でできることがあるわけだから
そのフィールドでベストを尽くさせてもらいましょう。

ものづくりで未来をつくる!

なんかどこかの企業のキャッチフレーズみたいだ(笑)

「思い」が問題だった

なんてことだ

今まで大事なことに気付かなかった。

というか
いい線行ってたけど
本質にたどり着けなかった。

自分の「思い」が大事だということ。
そして
それを出す(発信する)ことが大事だということ。

人が作り出すものは
「思い」に基づいて作られているのだから
「思い」の大きさや内容や質によって決まるわけで
「思い」をアウトプットしているに過ぎない。

若いうちは
その「思い」を磨いていかなければいけなくて
それこそが成長に繋がるのだけど

言われたことをやることばかりで
磨く機会はほとんど無くて

そもそも何を思おうが自由なのに
「思い」に対しても
正解とか不正解とか
突っ込まれて吊るし上げとか
怖いことがたくさんあって

「思い」を内に収めてしまったり
「思い」自体を停止してしまっていたり

そんなふうになっているのではないだろうか。

恐らくそれが
どんどん強化されてきているのではないか

もしそうなら
コミュニケーションなんて成立しないし
良い成果なんて出るわけない。

真面目な学生が頑張っているのに成果を出せない場合
一体何が起きているのか分かった気がします。

それもこんなことに気付けるのも
夢工房には色んなタイプの学生がいるからです。
貴重な環境ですよ。

「良い」って何?

ありがちな話なのだけど…

ものをつくるには企画が必要です。
レーシングカーを作るのであれば
どうやって勝つのか
ということになるのですが。

そのための戦略を考えるのが企画です。

マシンの設計を始めるということは
どうやって勝つのか
という戦略が決定された後
ということになります。

というのも
設計をするということは
勝つための方法を実現するための
具体的な手段を決定していく
ということだからです。

マシンを構成する部品は
戦略実現のための手段を形にしたものです。

設計段階においては
「何のために」
が明確化されていないと
何のためかよく分からない部品になります。

単品ではイケていても
マシンのコンセプトに合致していなければ意味がありません。

なので
「まず設計してみようか」
なんてことはあり得ません。

また、一般的に言われる
「良い部品」
を寄せ集めても
良いマシンにはなりません。

なぜかというと
その「良い」が
マシンの戦略やコンセプトに合致しているのか
というのが問題で
コンセプトと異なる方向の「良い」では
マシンにとっての「良い」では無いからです。

たぶん、この辺はビギナーにとっては
理解しにくいところではないかな。

自動車マニアな新入生なんかも
こういうところでハマります。

ヘタに色々知っていると
一般的に「良い」と言われるものも知っていて
そういうものを使えば「良いマシン」になる
と思いがちだから。

これ、人間も同様で
「あいつは頭いい」
とか言うけど
「何のために?」
が明確化されていなければ
あまり意味は無いのではないかな。

と、そんなことを
久々に行ったバイク用品屋さんで
ハイクオリティな部品を眺めながら思っていました。