塑性域だよ人生は

反力という言葉があります。
外部からの入力に対する反対の力。

理系だと
物体に入力ししたらそれを押し返してくる力
変形した物体が元に戻ろうとするときの力とか。
これ、人の心にもありますね。

誰かから、ガツンとやられた時に
それに反する気持ちや行動。

ガツンと入力されて
その入力方向に反力が出て終わってしまうと
単に相手に逆らっているだけ
ということになって
気持ちが荒れる割には得るものが無い
というようなことになるかもしれません。
こういうのは防衛本能に根ざした
動物的なリアクションだったりします。

ただ、人の場合は長期的な時間軸とか記憶とかがあったりしますので
ずーっと後になって出来事を思い返したりして
その時の経験が活かせるということもあるかもしれません。

自分の向かうべき方向が定まっている場合は
その方向に反力の向きを変えてあげることができると
成長の糧にできる場合がありますね。
何かやらかしてしまったときも同様です。

ガツンと入力されると
心の中にストレスが蓄積します。
このストレス(Stress)は日本語で応力(おうりょく)と言います。
え?そんなふうに呼ぶのは技術系だけ?
そうかもしれませんね。

とにかく、このストレスが反力の源になるわけです。

さてさて
物体の場合
反力はその物性によって決まります。
今回は物体の変形から人生を学んでみましょう(笑)

参考にするのは下の応力ひずみ曲線です。
縦軸に力(Stress 応力)を、横軸に変形量(Strain ひずみ)を取ってあります。
これは、ごく一般的な鉄でできた材料を引っ張ったときのものです。

応力-ひずみ曲線 Wikipwdiaより

最初は、全く力を掛けていない変形量ゼロの左下からスタートです。

直線状に右上に伸びている領域では
掛けた力の分だけ材料が伸びます。
この直線状の領域では、力を抜けば材料は元の寸法・形状に戻ります。
このように弾性を保っている領域を「弾性域」と言います。

「バネ」などはこの領域で使うように設計・製作してあります。
なので、理論的には何回ビヨンビヨンしても元の寸法・形状に戻ります。
グルグル巻いたバネも、板状のバネも同じです。

人の行動を当てはめれば
無意識で何かをやっているとか
単に言われたことをやる
という軽い負荷はこの領域で、やめれば元に戻る
つまり成長が少ない領域と言えるかもしれません。

こんな特性を持っているのはグラフ上のYield Strengthまでです。
日本語では上降伏点(うえこうふくてん)と言います。
カッコ悪い上に覚えにくいです。

この領域を超える力を掛けると
「塑性域」と呼ばれる領域に入ります。

ここでは、掛けた力を抜いても元通りには戻りません。
変形が残ります。
これを塑性変形といいます。
バネはこの領域に入るような設計や使用をしてはいけません。
グラフ上ではStrain Hardeningの領域です。

今回、なんで英語のグラフを持ってきたかというと
別にカッコ付けたかったからではなく
このStrain Hardeningが書いてあったからです。
これ、日本の教科書には「降伏点伸び」としか記述してありません。

Strain Hardeningというのは、加工硬化という意味です。
金属材料は、組成変形を伴う入力で硬さが増すのです。
なんかドラマチックじゃないですか。
カッコイイですよね。
そんなことない?

なんで「加工硬化」が
日本の教科書に載ってる応力ひずみ曲線に示されていなくて
「降伏点伸び」というカッコ悪い用語だけになっているのかは分かりません。
学問の領域をまたいでいるから使いたくないのかな?

加工硬化は良いことばかりではなく
硬くなるのと引き換えに脆(もろ)くなります。
靱性(じんせい)が失われて脆性(ぜいせい)が増します。
何事もトレードオフですね。人生みたいだ。

ところで
よく「弱い」状態を「脆い」と言ってしまったりしませんか?
実は、それは間違った使い方で
ガラスのように変形しないで壊れちゃうのを「脆い」と言うのです。
強度が低いのと脆いのは違います。
理工系の人は気をつけましょうね。

ちなみに、靱性は脆性の反対なので
粘り強い性質のことです。

さて、この「加工硬化」はどこまでも続くわけではなく
最大の強さを示すUltimate Strength(引張強さ)に到達します。
アルティメットですって。なんか凄そうですね。

ここまでの領域は
人で言えば新たな経験をしてそれが身に付くようなイメージでしょうか。
そういうのは自信に繋がり人を強くしますよね。

ただ、ここで新たな経験の結果にあまりにこだわってしまうと
視野が狭まって柔軟性がなくなり脆くなるかもしれません。

物体にそのまま負荷を掛け続けると
グラフのNecking(加熱した飴を引っ張ったときのように部分的に細くくびれて伸びる状態)
となり
Fracture(破断)に至ります。
実際の実験では、スッと伸びてブチッという感じです。

材料であればこんな風になって終わりですが
人の場合はその後どうするかは自分で決められます。
強くなったところで足を止めるも
次の目標にチャレンジするも
自分で決めて良いのです。

仮に破断するまで(燃え尽きちゃうまで)頑張ったとしても
時間が経てば修復されるし
その経験はその後に活かすことができます。
一度行くところまで行っちゃえば
限界を把握することもできますしね。
そういう意味では
やり切った人は強いですね。

ちなみに
トラウマなんてのは気にする必要ないみたいです。
(byアドラー心理学)

さあ、タフなチャレンジをして
人生の塑性域で加工硬化しよう!
でも、柔軟性は失っちゃダメよ。

強いチームを作りましょう

しょっちゅう組織の理想形を考えたりしてます。
私の場合は夢工房の中のチームについてですが。

当方の学生チームの成り立ちと
その後の彼らの活動内容から考えても
教員の指示に従って
トップダウンで動くのは理想的ではありません。

学生が自発的に動くことの凄さを知っている身としては
今さら「普通のやり方」に軌道修正する選択はありえません。
そんなことするくらいならやめちゃった方が良い
というのは言い過ぎかな。

なので、基本的な方向性はこのまま
より強化・進化していきたいところです。

では、どうしたら良いか

我々はコンパクトな組織なので
大人数で豊かなリソースを持つチームに
真っ向勝負しても玉砕するのがオチです。

何せライバル達は
レーシングカーの実車が入る風洞実験設備とか
カーボンコンポジットの部品製作に特化した環境とか
マシンを組み上げたらすぐにキャンパス内でテスト走行できる駐車場とか
レース経験豊富なドライバーとか
工科系以外の多様な知識を持つメンバーの採用とか
とても我々には持てないリソースを活用して
パワフルな開発をしています。

対して我々の持っているリソースは
普通に考えたら
「それ無かったらダメじゃん」
という環境なのかもしれません。

でも彼ら、諦めたくないそうです。

なので取るべき道は一つ。

物量を生かした消耗戦のようなこと
つまり、通常考えられる常識的な戦略で
パフォーマンスを向上させるのではない。
真っ向勝負を避けることです。

ゲリラ戦が得意な特殊部隊のような感じかな。
食糧が尽きたら蛇を捕まえて食っちゃうような…
いや、それは違う。

風洞実験設備の例などは分かりやすいかもしれませんね。
そういうのを持っている連中は
ウイングなどの空力デバイスを
かなり高いレベルで作り込むことができます。

設備が無いのに
そういった連中が採用する方法に
一歩足を踏み入れたら
負けが決定します。
シミュレーション止まりのチームでは到底敵いません。

なので
ライバル達が心理的に採用しにくい戦略を採用して
優位性を確保する必要があります。

そのためには何が必要か?

カネや物ではなくて
「人」に尽きます。

まずは、常識にとらわれない自由なマインドとか
強烈なチャレンジ精神かな。
この辺があると強いですね。
というか、これらは必須かな。

あとは、もっともっと学生各自の自律性を高めて
それそれが分散して機動力を発揮しながらも
強いネットワークで結ばれているようなチームとか。

いわゆる優秀な大学の強いチームは
形式知を利用した戦略が得意なので
暗黙知の部分を大幅に強化するとか。

あれ?
結局、ゲリラ戦が得意な特殊部隊ですかね。

まあ、そんなのが理想だと思っています。
言うは易しなのですけどね。

こういうネタを学生と話して擦り合わせて
試行して最適化していきたいですね。
彼らも色々考えてネタを持っているでしょうから。

教員からのトップダウンはダメ
学生に丸投げの放置でもダメ
こういう二元論的な選択はうまくいかないと思います。

教員も学生も
互いに未経験の領域に入っていくのですから
力を合わせて頑張らないとね。

まあ結局は
私ができるのはアドバイス程度で
活動自体は彼らが回すんですけどね。

昔々の鉄のお話

鉄器について思い付くとちょこちょこ調べてます。
とは言っても、本やネットで趣味的にですけどね。

昔々の鉄器と言えば
武器なんですよね。
刀剣や盾や鉄兜です。
古墳時代の出土品に
リベットで接合した鉄の盾とか
ヘルメットがあるんですよ。
凄いなぁ。
その頃にすでにリベットですよ。

鍛造で接合する鍛接は結構難しいし
もちろん溶接なんてできなかったわけだから
大きい製品とか複雑な形状の物はリベットが良いのでしょうけど
良く思い付いたもんだ。

世界最古の鉄器の遺物は
トルコのアラジャホユック遺跡から出土した短剣なんだそうです。
これは紀元前2300年頃のものです。

これ、材料は隕鉄(いんてつ)ですよ。
鉄の隕石です。

何で隕鉄かどうかが分かるかというと
含有しているニッケル分が多いことで判断できるそうです。

隕鉄を加熱して叩いて成型したのでしょうが
そもそも、何で叩くの?
鉄のハンマーありませんよ。
石のハンマー?
熱した素材はどうやって保持したの?

隕鉄製の短剣は確かエジプトからも出土していたはず。

日本で出土した最古の鉄剣は
埼玉(さきたま)古墳群の稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣ですね。
これ、見に行きましたよ。

金象眼の文字が刻まれていたことで有名です。
象眼というのは、物の表面に凹みを作っておいて
そこに別の材料をはめ込む技法です。
この剣の場合は、文字を彫刻しておいて
その凹みに金を埋め込んでいます。
なんとこれ、日本で確認できる最古の漢字だそうです。
つまり日本最古の文字ですね。

この剣は、西暦471年のものとされていて
日本最古の書籍である古事記が編纂されたのが712年ですから
それより200年以上古いんですね。

古墳に埋葬されていた副葬品ですから
実用的な武器というより
権威を象徴する物なのでしょう。

個人的には
この最古の鉄剣に
文字が彫刻されていて
さらに金象眼だった
というのが驚きです。

天皇の名が刻まれていたので
細工は国内でやったのでしょうね。
で、金象眼?

技術的には
製鉄技術にはじまり
鍛造などの成形技術
熱処理とその後の研ぎ
そして彫刻
さらに金象眼!

もちろん
それらの作業のための道具も必要です。

金槌、ヤットコ、ヤスリ、砥石、タガネ
素人が考えてもこれくらい思い付きます。

いったいどうしたんでしょうね。
国内で製作したのか
はたまた刀剣自体は輸入して
象眼の金は国内で採れていたのでしょうか。

こういう疑問に対しては
大陸から伝わった
で済んでしまいそうなものですが
材料も道具も人も、そんなに沢山入ってきたのでしょうか?
埼玉にも?

まぁそれはそれとして
実は最も興味があるのは
鉄器の製法だったりするのです。

どういうことかというと
そもそも融点が高い鉄を使おうなんて
どうやったら思い付くんだ!?
とか疑問だらけ。

そもそも
紀元前3500年頃に
隕鉄や
地表に露出した鉄鉱石が山火事によって変化した鉄を発見した
とされているそうですが…
そもそもそれを見て製鉄をやろうなんて思うところが凄いですよ。
(引用元はこちら 鉄が好きな人?はぜひ見てみてください
この文献のおかげで色々分かりました)

鉄鉱石は酸化鉄が含まれていて
加熱しただけでは利用価値がある鉄は得られないでしょうから
かなりレアな条件が整っていたのでしょうか。

ヒッタイト帝国で製鉄が始まったのは
紀元前1500年頃と言われているそうです。

で、日本に鉄器が伝わったのは紀元前200年頃の弥生時代で
青銅器と同時だったそうです。

出雲では大量の銅剣が出土しています。
出雲大社隣接の博物館に展示されていますが
それはそれは壮観です。

これ、鉄剣の威力を知った時の権力者が
あまりに銅剣の性能が低いのを知って
「こんな使えない剣は埋めてしまえ!」
とかやったんですかね?

日本の製鉄法の「たたら製鉄」の語源はタタール族ですって。
新疆ウイグルのあたりですね。
日本発の製法ではなかったのは残念ですが
いまだにやっているのは日本だけでしょう。

たたら製鉄では
砂鉄と木炭を使うのですが
砂状の熱容量の小さい形状の材料と
木材がふんだんな国土を利用した賢い方法ですよね。

ちなみに、先の参考文献によると
ヒッタイトは森林枯渇が原因で滅びてしまったそうです。

我が国は森林資源が豊富なので
刀剣とか火縄銃を大量に生産しても滅びなかったのではないかな
と思ったりしてます。

たたら製鉄をはじめ、日本刀もいまだに作っていますし
今上天皇陛下は126代で皇室は2000年の歴史があるし
日本って訳が分かりませんね。
新しもの好きの反面
継続とか継承にめっぽう強いのでしょうか。
自分たちのことって、良く分からないものですね。
いやぁ、面白い。