たかが口癖 されど口癖

自分には、どんな口癖があるか
そんなこと意外と分からなかったりします。

まぁ、癖ってそういうものですけどね、

多くが同じような言い回しをしている時は
「流行」に従っているってことになるのでしょうけど
何度も繰り返すうちに口癖として定着していきます。

癖として実行していることは
実行している本人は
特に何も意識していないはずです。

なので、口癖が特別何か効果をもたらすとは思っていない場合が多いでしょう。

でも、口から発せられた言葉は相手に伝わるわけで
自分では意識していなくても
対外的に何かしらの効果はもたらしているはずです。

最近気になるのは

「自分の中では」

というフレーズ。

「自分はこう思っている」
という意味で使われています。

たぶん、誰か芸能人が言い始めて
自然と広まっていったとか
そんなところじゃないかと思うのですが。
私はテレビ見ないので分かりません。

何でこれが気になるかというと
自分の思いを客観的に見ているような言い方になっているからです。

素直に
「こう思う」
と言ってくれればいいのですけど
まるで他人ごとみたいな言い方をされちゃうと
その「思い」に対して
どう意見したらいいのか困っちゃうのです
ダメ出し担当としては(笑)

だってまるで他人ごとのような客観的な意見なのだから
「自分のせいじゃないですよ」
みたいな感じに聞こえるじゃないですか。
もしくは
「自分」というアンタッチャブルな枠の中にあるような
そんな印象も受けます。

もし自分が、思い違い、考え違いをしていたら
修正すればいいけど
他人ごとじゃそうはいかない。
自分の力ではどうにもできない
そんな印象を受けるのです。

もちろん、日常生活においては
そんなの好きにしてもらったらいいのでしょうけど
こと、チームで動いている
ものづくりのフィールドで
こういう表現をされちゃうと困ります。

だって、最も重要な
何のために、どのようにつくるか
というのは
「思い」発ですから。
それがどこから発しているのかは
重要なことです。

チームで何かをつくる時
それは同じゴールに向いていないと成果を出せません。
「思い」が同じ方向を向くってことです。

流行の言い回しは

みんなそんなふうに言っているから
自分も同じように言う

なんてことでしょうけど
そういうのとはちっと違います。

そういうのって
何か自分をコントロールできていないような感じで
面白くないんですよね。

ということで
「自分はこうする」
というのを意識的に積み上げていって欲しいな
と思うのです。

ちゃんと自分の意識で動かしていれば
それが違っていたり、不都合があったら変えればいいのです。
自分の力で最適化できます。

そういう方が面白いと思うんです。
生きてる感じがするでしょう?

「良い」って何?

ありがちな話なのだけど…

ものをつくるには企画が必要です。
レーシングカーを作るのであれば
どうやって勝つのか
ということになるのですが。

そのための戦略を考えるのが企画です。

マシンの設計を始めるということは
どうやって勝つのか
という戦略が決定された後
ということになります。

というのも
設計をするということは
勝つための方法を実現するための
具体的な手段を決定していく
ということだからです。

マシンを構成する部品は
戦略実現のための手段を形にしたものです。

設計段階においては
「何のために」
が明確化されていないと
何のためかよく分からない部品になります。

単品ではイケていても
マシンのコンセプトに合致していなければ意味がありません。

なので
「まず設計してみようか」
なんてことはあり得ません。

また、一般的に言われる
「良い部品」
を寄せ集めても
良いマシンにはなりません。

なぜかというと
その「良い」が
マシンの戦略やコンセプトに合致しているのか
というのが問題で
コンセプトと異なる方向の「良い」では
マシンにとっての「良い」では無いからです。

たぶん、この辺はビギナーにとっては
理解しにくいところではないかな。

自動車マニアな新入生なんかも
こういうところでハマります。

ヘタに色々知っていると
一般的に「良い」と言われるものも知っていて
そういうものを使えば「良いマシン」になる
と思いがちだから。

これ、人間も同様で
「あいつは頭いい」
とか言うけど
「何のために?」
が明確化されていなければ
あまり意味は無いのではないかな。

と、そんなことを
久々に行ったバイク用品屋さんで
ハイクオリティな部品を眺めながら思っていました。

伸びきった先に

成長曲線を上り詰めている時は
色んなことが足りないので
凄いパワーで頑張れます。
ハングリーな状態です。

明治や戦後の日本は
マズローの欲求5段階説の
底辺に相当する生理的欲求から
最上位の自己実現まで
一気に突き抜けて全て手に入れた状態ですね。

しかし、ひとたび生活に不安や不足が無くなれば
そりゃぁおなかいっぱいで
ハングリーにはなれません。

満足した状態が基準(普通)になると
それらを失うことによって
現状が変化することを恐れる。

残念なことに
失うことを防ぐためのことは
マイナスになることを防ぐためのことであって
プラス側に延ばしていくのとは違います。

レベルの低い状況で
凄い勢いで色んな事をやって
色んなことを手に入れている時って
望むものが手に入った喜びや
成長した喜びがあったり
集団で力を合わせなければならない側面もあるわけで
色々大変な反面
色々良いこともあったと思います。

ただ、人の欲というのは際限が無いので
もっと欲しくなる。

けれど、成長曲線を上り詰めている時のような
勢いはありません。
基本的なところは満足しているから。

そんな状態での欲求は
個人的な欲求に片寄りがちなのでしょうね。
皆で力を合わせて乗り越えるべきことも少ない。

モチベーションもクリエイティビティも低下して
分断・分裂していって
小さいことしかできなくなっていく。

今の日本のことです。

なので、満足したら下がっていきます。落ちます。
そんなの当然です。

色々とネガティブなことを並べてみましたが
どうやってこの状態から脱出するかが問題です。

これは行くところまで行っちゃうしかないのか?
なんて思っていましたが

よくよく考えてみたら
マズイ状態というのは満足できない状態なわけで
再度、成長曲線を昇っていけるのではないでしょうか。

かつて「立ち上がった」経験(歴史)を持つのであれば
それを参考にすることもできるし
先人にできたのだから、自分達にもできる
と思えるでしょうし。

こんなの嫌だ
満足できない

でも、何とかできるんじゃないかな
じゃ、やってみようかな

と思えば再起動ってところではないかな。

果たして、そう思えるかどうか
というのが大問題なのかもしれませんが。

夢工房は再起動しましたよ。