バイクやクルマの未来 技術と情熱編

コロナ禍の影響で
バイクに乗る人が増えているとかいないとか。
増えているなら大変良いことですね。

人気のカテゴリーや車格・排気量も
特定の一つではなく
程よく分散されているような気もします。

乗って楽しんで
いじって楽しんで
色々な楽しみ方があると思いますが
色々な人が色々楽しめば良いと思います。

昔々
私が学生の頃は
80年台の、いわゆるバイクブームで
かなり狂った時代でした。

多くがバイクに乗りましたが
志向は結構画一的で
スピード命(のように見える)がほとんど。
もちろん、レースブームでもありました。

それに比べれば
最近の状況は健全ではないでしょうか。

以前に比べて販売台数は減っていて
各メーカーのラインナップも
かなり絞られたようですが
結構ツボを押さえた構成になっているように見えます。

技術的な進歩も凄いですね。
今やキャブレターではなくFI(燃料噴射)で
小排気量でもABSですし
(これらは法規などが理由でもあるけど)
スロットル・バイ・ワイヤーが増えてきて
クイックシフター装備だったり
トラクションコントロールや
クルーズコントロールなどの制御が効いてたりして。
クルーズコントロールなんて
クルマみたいに前車との車間を保つ
「アダプティブ」の領域に入ってきてますし。

乗り手が色々とやることが多い分
バイクの運転は難しかったり技量の差が出たり
そんなところが面白さでもあって
色々と制御が入ったりすると
面白くなくなっちゃうんじゃないの?
という危惧もありましたが
そんなことはありませんでしたね。

ただ気になるのは
ブラックボックスが増えて
色々と統合されたシステムになったために
以前のような分かりやすさが無くなって
ユーザーが手を入れられる領域が減っているところです。

もう以前のように
ダイナミックに自分の乗り物に手を入れるのは
難しい時代になってしまっています。

もちろん性能や安全性とのトレードオフで
これは仕方ないことではあります。

とはいえ、以前のように素人が手を出しにくくなったことにより
乗り物をいじりながらユーザーが成長して
そのうちのマニアックな一定数が開発側になる
というストーリーにおいて変化が出ることになるとは思います。
果たしてどのような形になるかは分かりませんが。

自動車の開発に携わる人のほとんどは
クルマ好きの人間で構成されていると思います。
色々な「好き」がありますが。

その中でも スポーツカー好きなどのマニアックな人達の熱量による
貢献度は大きいのではないかと思うのですが
どうでしょうか。

彼らにとってのバイクやクルマは
単なる移動の道具ではなく
愛着が持てたり
自己実現のための重要な何かだったりして
大量の熱意を投入する動機になり得ました。

まぁ、こんなのは単なる思い込みかもしれず
これからもクルマを含めた乗り物は
どんどん進化・発展して行くのだとは思いますし
その方向性や勢いがどうなるかは大変興味深いところです。

ただ、その世界がこれからも「熱」を感じさせてくれる存在で
あり続けてくれることを願ってます。

世界中でFormula SAEを頑張っている若者達がいるので
逆に期待できる状態なのかもしれませんけどね。

悩んでいる時

人は色々悩むことがあります。

やらかしてしまったり
やられてしまったり
何かをやれなかったり

まぁ色々なんですが
悩んでる時に何を考えているかというと
起きてしまった過去のこと
自分が知っていたり経験したこと
そういうことと
未来を結びつけたり
結びつけられなかったり
そんなことで悩んでいます。

他にも色々あるでしょうけど
自分の考えが及ぶ範囲に答えがないから悩むんですよね。
どうしたら良いか分からなくて考えてる。

当然ながら、自分の枠の中で考えて悩んでいるのだけど
そもそもそこに答えがないから悩んでいるわけで
いつになっても終わりは無くて
実は考えてもしょうがないのではないでしょうか。

そう。
多分、考えてもしょうがないのです。
考えて答えが出るなら
悩み込む前に答えは出てるでしょうから
「考える」という方向には答えはないということでしょう。

ひょっとしたら
考えているのではなくて
思考停止する安全回路が働いているかもしれませんね。

いずれによ、そんな時は周りが見えなくなってしまうことが問題です。
本人は悩んでいるのだから当たり前なのでしょうけど。

悩む時って人間関係が原因であることがほとんどでしょうから
考え込んで外との繋がりが切れてしまって
本人には、そんなことには気付く余裕がなくて
ますます事態が悪化して
ますます悩むことになる
ということもあるでしょう。

これ、「やる」ことでしか解決しないと思います。
どんな結果が出ようと
そこで何かが分かるはずで
悩み続けているよりは良いはずです。
ちょっぴり勇気が必要でしょうけど。

自分の外に向けて
何かを良くする働きかけをするのも良いかもしれません。
自分の悩みの根源と全く関係ないことでも良いので
他人に親切にするとか、優しくするとか。
道端のゴミを拾ってみても良いかもしれません。

とは言うものの
時にはどうしようもない時期ってあるわけで
そういう時は「諦める」ってのもありですね。
ただ、どうしようもない時期意外はお勧めしません。
自分を裏切ってしまうことになるから。

夢工房の学生達は
大抵いつも元気なのですが
そんな彼らでも、たまには悩むことはあります。
復帰は、早かったり遅かったり色々です。

悩む事自体は悪いことじゃなくて
そういう経験も必要なのです。
それを経て気付くこともありますし。

今回はこんなことを投稿してみましたが
そもそも悩んでる本人が
こんな記事を見るとも思えませんし
悩んでいる状態で
こんな内容が参考になるかどうかは分からないですけどね。
それでも書いてみました。

ガラガラポンなのか?

近代日本の流れを見ると
文明開化
産業革命
大戦
学生運動
バブル経済と崩壊
などなど色々あったわけですが
基本的には
成長ー停滞ー衰退 その繰り返し
という感じだと思います。

歴史はグルグル回ってて
その中にも小さな成長曲線があったり
時として、圧縮されたバネがはじけるように
エネルギーが噴出したり
そういうことを織り交ぜながら
大きな流れが繰り返されるのですね。

で、それがどこかに向かっていくのか
それとも大きな流れを繰り返すだけなのか
はたまた一見、単にグルグルしているようだけど
どこかに向かって進んでいるのか

どうなんでしょう。

ですが、現状を局部的に見れば
コロナ禍で世界中が色んなことを抑制して
あたかもバネを縮めているような状態になっているのは確かでしょう。

とすると、いつか
そのエネルギーが解放される時が来ますね。

もちろん、今回は日本だけの問題ではないので
世界中がその時を待っていて
準備を進めているのでしょう。

ヨーイドン!
でパイ取り合戦?

果たして
先にはじけた方が勝ちなのか
慎重に行くべきなのか

同時に、世界的にキナ臭い雰囲気にもなりつつあります。

これはひょっとすると
世界的なガラガラポンですかね。

あ、 ガラガラポン って
若い人はあまり聞き覚えないでしょう?
あたかもガラガラ回す抽選器でクジ引きするように
現状をリセットしちゃうって意味です。

それが果たして良いことなのか悪いことなのか
それはその人の立ち位置によって違うでしょうけど
大きな動きになるのは間違いないでしょうね。

未来がどうなるかは分からないけど
それぞれが良い未来を築くために努力すべきだし
オロオロしててもしょうがないので
今できることを頑張るしかないですね。

何かしら頑張っていれば
必ずそれが役に立って報われますし
どんな未来を作るかは我々次第です。

さぁ、立ち止まって考えている場合ではないですよ!