初詣における流儀

これが初詣のイメージなのかい?ChatGPT君よ。

ところで皆さん、初詣には行きますか?

そうですか、行きますか。
それは良いですね。

神社ですか?
なら、あなたは神道の人です。

お寺?
なら、あなたは仏教徒ですね。

ってな感じに白黒はっきりさせる必要は無いかもしれません。
神道やら仏教やらって、我々の生活に入っちゃってますから。

もうずいぶん前のことですが、神社にお参りに行って、ふと思ったのです。

「お賽銭を賽銭箱に投げ込んで、お願いする?
これ、どうなの?」

だってね、神様の身になって下さいよ。
お金を放られたあげく、お願いまでされちゃうんですよ。

それ、どうなんですか?
かなり失礼なことじゃないですか?

仮に、お店に行ってカウンターにお金を放り投げて
「それくれ!」
ってお願いしたらどうですか?
あなたが店員さんだったらどう感じますか?

その「お願い」聞きたくないですよね。
それを、よりによって神様にするの?
そういうことです。

なので、それからは変えました。
お賽銭投げない。
お願いしない。

お賽銭は、そっと賽銭箱に入れて、神様に約束をします。
もしくはご挨拶。

別にお願いなんてする必要無いのですよ。
自分がやるのだから。
もしやらなくて済んじゃったら面白くないですよ。

こういうのって、人それぞれだと思うんですけどね。
自分のやり方ってのがあると楽しいですよ。

未来は決められる

年末が押し迫って参りました。
やはり年越しは大事な節目なわけで、それを機に来年の方針を考えるのが良いですね。
さて、どうしましょうか?

来年の方針ということは、未来に対する計画です。

で、未来は自分で「決められる」のだけど、「決まっちゃう」と思っていませんか?
正確には「ある程度決められる」と言うべきで、その「程度」は自分次第ですが。

「決められる」
と思っていれば、そのために必要な選択をするし、必要なことをする
でしょう?

しかし
「決まっちゃう」
と思っていれば
これはつまり言ってみれば
「日々無自覚に生きるその結果が出るのが人生だ」
というようなことですが、そう思っていれば必要なことすら存在しなくなります。

はい、ここまでですでにお分かりでしょうけど、この意識の持ち方だけで結果は変わってきます。当然でしょう?
だって、行動するかしないかという明確な違いがあるのですから。
知識とか能力の問題ではないのですよ。
意識だけです。思いだけと言っても良いかもしれない。

そしてあえて言うなら、知識とか能力とかは、日々必要な選択とか行動をする結果として身に付くと言った方が良いかもしれません。
それは生きた知識とか能力です。

反対に、欲してもいないのに暗記するように頭に入れた知識は、使われること無く忘れていきます。
これは死んだ知識と言っても良いかもしれません。

当たり前ですが「必要なもの」は、未来を決めないと発生しません。。
なので、チャンスを掴める人と掴めない人の差はここにあります。

未来を決めなければチャンスは見えないのですから。

そんなことを考えていると
「夢を持って頑張る」
ってまんざらでもないでしょう?

こうすればうまくいく 13

突然ですが
苦労って何でしょう。

少なくともポジティブな感じでは無いですね。
「苦」って付いてますものね。
やらずに済むならやりたくないことをやること?

辞書にはこうあります。

【苦労】
(物事がうまくゆくように)あれこれと体や気を使うこと。

ですって。
意外とポジティブですね。
でも語源は「苦しんで疲れること」だそうです。辛そうです。

ともかく、労力を使うことのようですね。
それに対してどう感じるかは、その人の受け止め方次第ですよね。

だったら、他人が「苦」と思っていることに対して、自分も同様の価値観で判断する必要は無い。
全く無い。

同調圧力というのでしょうか。
誰かが「苦」と思っていることに対して、同様の評価をしないといけない…と思っているでしょう。でしょう?

他人の価値観に準じている

それがうまくいかない原因ですよ。

だってね、成長するって変化することですよ。
変化しなくて済むようなことをやっていたら成長するわけないじゃないですよね。
変化しないなら、何も新しいことは起きません。当然です。

いちいち他人から共感されないといけないという制限のもとに行動していたら、変わったことはできません。
変わったことでなければアドバンテージも価値もありません。
何より面白くありません。

これは分かりやすい説明ができますよ。
今手元にあるいわゆる「良いもの」。その多くは、世に登場したときに
「えぇ~?」
と迎えられたものが多いと思います。
最初から肯定的に受け入れられるとは限らない。

それらは、新しいアイデアでマーケットにチャレンジしているのです。

そういったものは、一部のアーリーアダプターと呼ばれる人達からは歓迎される反面、多くからは懐疑的な目で見られるとか拒絶されるってことになりがち。
そんなリスクを払っています。

逆に、そういうリスクが少なく、誰もが必要とするのは日用品とか生活必需品。
そういうものに関わるなら、インパクトよりもむしろ安定が重要になるでしょう。
とはいえ、そういったものでもインパクトのある新製品はありえますし、関わる人達は、より高い付加価値を付与するために努力と工夫をするのが常です。

結局のところ、うまくいくとかいかないとかは、自分の価値観がどこに向いているのかと、それに対して「で、キミはどうすんの?」が決めるのです。