思いを伝えるべし

いきなり何を言ってるんだと。

いえね、物質的に恵まれた世の中になっているのに
心が汲々としてしまうことがあるでしょう?
これは一体何なのだ
というと
どうも我々が意識する領域が狭くなっていることが
原因じゃないかなんて思うのですよ。
分かりにくいですか。そうですね。

ストレートに言うと
他を思いやっていなくて
自分のことばかり考えている
なんてことが原因ではないかと。

というのも
人の悩みのほとんどは他人が関係しているわけなので
人間関係がうまくいかなければ
そりゃぁ汲々としちゃうでしょうに
ということなのです。

これはもちろん自分も含めてなのですが
情報でも何でも
受け身になってしまうと
相手の気持ちを考える
なんて機会が減ってくるのですよね。

そうでもない?
相手のことも考えてる?

だといいのですが。

そもそも相手のことを考えないから
コミュニケーション自体も減ってしまったり
コミュニケーションの質が低下してしまったり
評論家みたいに文句ばかり言っているとか

相手のことを考えているようで
実は相手から自分が傷つけられないように
とか予防線を張るとか
自分が得するようにとか
そんなことが腹の底にあったりして。

そんなことない?
であれば素晴らしいです。本当に。

私は時として
自分を振り返って
「あぁ、ゲスなことを考えてしまったわい」
なんて思うことがあって
反省することしきりなわけですよ。

さて、そんなことを考えたりしながら
どうしたらもっと人間関係が良くなって
価値観を共有する者同士が
健全に前に進んでいけるのだろうか
なんてことを考えるわけですが

やはり
夢と希望を持って
思いを他に伝える
そんなことをやるのが良いのだろうな
と思うのです。

もちろん、そんなのは伝わらないこともあったり
同じ価値観を持っていると思っていたら
微妙にずれていたり
なんてことは当然かと思うのですが

コミュニケーションを重ねながら
その辺をうまく調整していったりして
組織が力を合わせられるようにしないとイカンのでしょうね。

それがうまくできないと
組織力は発揮できないままで
個人の力で進むしかないでしょう。組織がですよ。
せっかく組織になっているのにね。

良い例を思い付いてしまったので
この状態を分かりやすく表現してみましょう。

飛行機や船で例えましょうか。

それらの多くはレシプロエンジン
つまりピストンで動く機関で
多くは多気筒エンジンを使っています。

最終的な出力軸にはプロペラが取り付けられていて
それによって推進力を発生させます。

多気筒エンジンは、各ピストンがちゃんと仕事をして
最終的に一本の出力軸にまとめられて
場合によっては複数あるプロペラが同じ方向を向いて
はじめて正常な推進力を得られるのですが

多気筒エンジンをバラして単気筒エンジンにして
それぞれが別々の出力軸とプロペラを持っていて
それが機体や船体に複数
しかもバラバラな方向を向いて
取り付けられていたらどうなるのでしょう。
まぁ考えるまでもないですが。

そんなんじゃうまくいかんのですが
機体、船体に搭載された
バラバラな方向を向いた様々なエンジンを
オンボード(乗船した状態で内側から)で
可否・良否を判断して
それで満足したいのだ
なんてことになっていたら
こりゃ大変です。

機体、船体全体の性能や向かう先を問わないのであれば
そもそもエンジンの存在意義は無いでしょう。

と、こんな説明をしてきましたが
分かりやすくするどころか
マニアックなワードで
ますます分かりにくくなってしまいましたか?
ムダに長いし。

そう。こんなふうに自己満足じゃダメなんですね。

まぁ結局言いたかったのは
デカいことをやりたかったら
組織でやるしかないわけで
そうなったら
皆で思いを伝えたりぶつけたり
そんなことが必要なんではないだろうか
ということなのですよ。

うまくいけば速度が上がって
ラム圧加給でブーストが掛かるかもしれませんよ。

とか、またまたマニアックで
ますます分かりにくいワードで終わりにしましょう。

想像ができない そりゃそうかも でどうする?4

教えない・やらせないのが夢工房

誤解の無いように言っておきますが
なにも意地悪して教えないとかやらせない
ということではないですよ。

外的な動機で一方的に
教えたりやらせたり
そんなことはしない
ということです。

なので
教えないとはいうものの
何もしないわけではありません。
彼らが必要とすれば教えます。

ただし前提として
自分はどう思っているか
何のためにやっているのか
その辺が必要です。

求めよ
さらば与えられん
です。

あと、やった結果は評価します。
やりっぱなしでは誰も得しませんから。

さて、では
外的動機でやらせない学校では
何をどのようにやっていったらいいのでしょうか。

まず入学試験は学力を考慮しない。
面接だけ。

そこで志をぶち上げてもらって
いい感じなら合格!

入学したら取り組むテーマを決めて
いい感じなら
それをトコトンやる。

その過程で必要だと思ったことは
座学で学ぶ。

試験なんてやらない。

卒業までに、何かしら自分のテーマを形にして
それをアピールして就職する。

もしサボったら?

それに対する評価はする。
でも結局は
自分がそれで良いと思うならそうしたらいいじゃん
もしくは
キミは入学時に「やる」と言ったのにやらないのだから辞めようか
となっちゃうかな。

これはちょっと冷たすぎるかな。
もうちょっと検討が必要ですね。

このネタは面白いので思い付いたらまた書きます。

想像ができない そりゃそうかも でどうする?3

なんか当初の方向性からズレ始めている気もするけど
気にしないでいきましょう。

現状の方向性のままではダメだとして
じゃ、何をどう変えるのか?

必要なのは
想像力とか行動力とか主体性だったりするのですが

想像しろ!
行動しろ!
主体性持て!

なんて言って
その通りになったら苦労しないわけですね。

さて、どうしましょう?

当人が
そうしたい
と思うような環境が必要です。

こういうことについて
きっと多くの頭の良い偉い人達が
ずーっと考えてきてるのだと思います。

私ごときがちょっと考えても
そんなにグレートでパーフェクトなソリューションを提示できるとは思っていませんが
日々の思いつきを書いていくブログということで
思いつきを書きましょう。

教えなければイカン!
やらせなければイカン!

という外的な動機が根源にあって
現在の状況になっているとしたら

じゃ、教えなければいいじゃん
やらせなければいいじゃん

なわけですが
実はコレ
夢工房です。

どういうことかというと
今、夢工房で頑張っている連中は
大層なチャレンジをしていると思います。

でもコレ
大学が命じてやらせているわけでも
私が命じて手やらせているわけでもありません。
やらないと単位が取れないわけでもありません。

そういうのをやりたい学生が集まって
自主的にやっているのです。
内的な動機です。

それを大学がバックアップしている。
それだけの話です。

なのでもちろん
活動を継続するために
彼らは付随する面倒なことも自主的にやっています。

お金を集めたり
機器のメンテナンスや環境整備など
数え上げたらキリがありません。

おお!なーんだ。
やらせなければいいじゃん
って話ですね。

そうです。
ですので、以前からさんざん
好きなことをやろうよ
と言っているのです。

でもこれは結構怖いことかも知れません。

だって大抵は学校で

「好きなことやれ」

と言うとサボりますからね(笑)

サボりたいヤツにはサボらせておいて
その後に何が起きるのか
リアルワールドを経験させてあげるのがいいと思うのですが
そういうのはダメですかね。

ダメなんでしょうね。
だから近年の世の中は、こうなっているのでしょう。


「先生なのだから教えなきゃ!」
ということで
まだ本人達が必要と思っていないことを
ガンガン詰め込んでいくという

必要とも思わないことを受容できる人間が優秀なのだ
みたいな状況になっている気がするのですが
これ、どうなんでしょうね。

なんかプロフェッショナリズムが
変な方向に行っちゃってる気がするのですが。