地上の命は何のため?

夏になると
色んな生きものが活発化しますね。
特に虫かな。

ここ鳩山は山の上なので
色んな虫がいます。

カブトムシやクワガタは近年減ってきましたね。
蛾も減ったかな。
何でなんだろうと思っていたのですが
これ、ひょっとすると街灯のLED化が効いているのかな。

個体数が減っているかは別として
夜に照明の周りに集まってくるのが減ったということじゃないかな
と思っています。

LED照明は、虫からは見えない光の波長になっているのだと思います。
街中の街灯だって、軒並みLED化していて
以前の水銀灯や蛍光灯みたいに
虫が集まってくることは無くなりましたよね。

そもそも虫たちは
夜の人工光を前提に生きているわけではないでしょうから
これで本来の生き方に近くなったりするのでしょうか。

ただ、LEDの波長が見えているヤツもいるようで
そんなのは相変わらず街灯の周りを飛んでいたりします。

そんなこんなで
地球上には色んな生きものがいますが
最も人を殺している生きものは蚊ですよね。

一体、蚊が何の役に立ってるんだ?
なんて思っていたのです。
花の授粉を助けるわけでなし
他の哺乳類にとっても有害なだけじゃないかと。

他にも、ゴキブリとか蛾とか毒を持った生きものとか
人間の視点からすれば
不快だったり役立たずに見える生きものは沢山いる

とか考えていたのですが
地球規模で見れば
生きとし生けるものは全て「土」の材料だったりするのですよね。

みんな頑張って新たな生命の母体を作っている

だとしたら無意味な生物なんていないし
蚊だって土の材料を沢山作ることに貢献している
という見方もできます。

人間のエゴを捨てて
でっかい視野で物事を見ればそんなものでしょうね。

日本人の寿命も延びて
人生100年時代に突入
とか言ったところで
地球の持つ時間軸から見れば
人間なんて新人のヒヨッコで
我々が地上に現れてからの年月なんて
誤差みたいなものです。

とはいえ
我々の命も時間も
我々にとってはそれが全てなわけで

諸行無常な世の中で
たった一回しかない人生を
どう生きていくのかは重要です。

全てのことがはかなく移り変わってしまう世の中で
一回こっきりなのでから

自分が気持ちよければ
自分が得できれば
自分が楽ならば

とかやっちゃうと
なんかもったいない気がします。

でも
じゃ、どう生きるの?
というのは難しい問題で
そう簡単に答えは出ないわけで

まぁ、しょうがないので
勇気を持って一生ジタバタやっていくというのが人生で
実はそうできているのが幸せなのかもしれません。

なんてことを
夏になって活動が活発化して
日々ヘマをやりながら成長していく学生達を見て考えていました。

信じること

経験上、「信じる」というのはとても大事だと思っています。

もちろん色々と経験していけば
裏切られることも
結果としてバカを見ることもある

なので
傷付きたくないとか
損したくないとか
そんな気持ちが強ければ
つまり恐れが強ければ
「信じる」というのは難しい
ということになるでしょう。

勇気が要りますね。

自分を信じれば「自信」
他人に対しては「信頼」

いずれも行動に繋がりそうです。

チャンスも成果も行動から生まれるのだから
恐れずに信じれば自ずとうまくいくことが増えるのでしょうね。

素直な人が伸びるというのは
そういうことなのだろうな
と思います。

恐れとか疑いの心は行動しないことに繋がることが多いので
結果として「やらなくて済む」ということになるでしょうが
そこにはチャンスも無ければ成果も無いでしょうね。

何をどのようにどこまで信じて
どのように行動するか
その辺の勘どころは経験によって微調整というところですね。

同じじゃない方がいいのです

昨日の記事
別に自分をジャッジする人のために生きているわけではないでしょう?
と書きました。

でもこれ、結構難しいかもしれませんよね。

学校の成績や組織における評価など
自分に対する評価は外的なものです。

これを無視すると
学校を卒業できないとか
会社で昇給しないとか
そんなことになりかねません。

極端なことを言うとそんな感じですが
学校でも会社でも
最低限やるべき事はやる必要があるわけで
それはやりましょう。

ここで言いたいのは
評価のものさしを100%まで満たすことに全力を使い切っちゃうのではなく
何か尖ったものや振り切ったものを持ったり
自分のこだわりや感性に従うのもアリですよ
ってことなのです。

これは自分の生きる上での戦略ということになるでしょう。
でも、そうなってはじめて自分の人生になる気がします。

だって、人の評価指針だけに沿って行動していたら
それのどこが自分の人生なのでしょうね。

そうなると
多くの人が当たり前のようにやっていることではなく
自分が信じていることを自分が信じているやり方でやる
ということになるのでしょうけど

これは程度によって
どういうフィールドで動くべきかが決まると思います。

徹底的に行くなら組織ではやっていけないかもしれません。

でも、やりたいことに大きなリソースが必要なら
その方向性にあった組織を探して
その中で動く必要があるでしょうね。
言ってみれば妥協でしょうけど
カッコイイ言い方をするなら
トレードオフってことになります。

また、すでに組織に属しているなら
仕事を自分のモノにしていくのがいいでしょうね。
努力や工夫によって価値を高めていく
といったようなことになるでしょう。

もちろんどんなフィールドで
どんなやり方をするにせよ
自分のものさしを持って(作って)
仕事は自己満足にならずに外に向いている
その辺は大事でしょうね。

皆が同じようなことをやる

学校ではそれでもいいのかもしれません。
(全く面白くないけど)
でも、社会でそれをやっちゃったら
一体誰が喜ぶのでしょうね。

…ということは
社会に出る準備としての学校だって
同じ事ばかりじゃダメなわけですけどね。