しょうもなくて何が悪い?

普通じゃないと心配?
変わってないと面白くない?

あなたはどちら?

今、著名なF1マシンの設計者である
エイドリアン・ニューウェイの自伝を読んでいます。

まだ読み始めたばかりだけど面白いです。
実に面白い。

以前読んだ、バート・マンローの生涯を書いた伝記も面白かったですね。
(※バート・マンロー:映画「世界最速のインディアン」のネタ元となった人物)

偉人伝などでは、よくエジソンなどが引き合いに出されたりするけど
結構多くが、しょうもない幼少期を過ごしていたりします。

この幼少期のしょうもない行動は
自分の興味を最優先として多くの経験を重ねている
という重要なプロセスなのでしょうね。

何に対して優先されているかというと
他に及ぼす影響と、そこからくる評価・評判だったりすることが多いのではないかな。

要は、自分の欲求を最優先して人の迷惑を顧みない
ということにもなるかかもしれませんね。

これ、いい歳した大人になってからやると
ちょっと問題かもしれませんが
幼少期になるやら多少は許される部分はあります。

いや、いい年しても変なことを散々やってた人達もけっこういるな。
バート・マンローなんて好例ですね。
なにせ78歳で亡くなる直前まで速度記録の現役ですから。

そんな人達に共通するのは

変なことをしてひどい評価をもらう恐怖
人と同じこと・同じ生活ができない恐怖などなど

そんな外部の物差しに適合できない恐怖に
フォーカスしていないということじゃないかな
と思います。
というか、これは確信です。

レースだって、成績という物差しに…

いやいや、そもそもレースは普通にやったら負けなんで
あれはアウトサイダーの集まりですから(笑)

なので、夢工房では
しょうもないことをドンドンやって欲しいのです。

失敗を恐れて決められた正解を探すようなやり方は
はっきり言って時間の浪費です。

アイデアなんて最初は
しょうもないものだったりするのですから。

最近の堅苦しくて狭苦しい世の中には少々辟易していたりしますが
そんな中でもできることはあるはずです。

Formula SAEや模擬惑星探査機のイベントは
数少ない自由で貴重なフィールドの一つだと思っています。

心のバネを作り込め

夢工房は活気があって
各々が色々やっていて
うまくいったりいかなかったり。

もちろんうまくいかなければ
悔しい思いをしています。

何で悔しいかって

うまくいかない
思った通りにならない
からなのですが

それはつまり
理想と現実のギャップが望むように埋まらない
ってことです。

いわゆる失敗ですね。

これ、実に素晴らしいことです。

まず理想がある。
それは現状とギャップがあって
それを埋めようと真剣に努力する
いわゆるチャレンジをしてる
ということです。

でも、望むとおりには行かなかった。
その状況に甘んじていないってことです。
だから悔しい。
本気だから悔しいのです。

悔しい思いをしないとか
悔しい思いをしても
それを次のアクションに繋げないとか
そういうのはもったいないですね。

何か心に「バネ」を持っていないような
そんな感じがします。

この心のバネは経験によって
強くしなやかになったり
柔軟性を失って、硬く脆くなったり
はたまた反発力を失ったりもするでしょう。

でも、人の心は自動的に治癒できるので
何度でも色々経験したら良いのです。

で、自分に適したバネの特性を作り込めば良いと思います。

こんなふうに
トライアンドエラーをできるのなら
それは素晴らしいことだと思います。

諦めずに継続すれば
必ず大きく成長できますから。

でももし
悔しい思いをするようなところまで行けないとか
悔しい思いをしないで済むような環境にいるとか
そんなことになっていたら
それは大変残念で不幸なことだと思うのです。

学生に、手取り足取り
ああしろこうしろ言えば
彼らはその通りにやろうとするでしょうけど
心のバネは強化されないままで
脆弱ないわゆる「良い子」になるでしょう。

そんなのは希少性も無いし
全く面白くなくて
いざというときに役に立ちそうもないので
夢工房ではそういうやり方はしません。

せいぜい悔しい思いをしてもらいましょう
ということです。

確かアメリカの軍隊の偉い人が言っていたと思うのですが

兵隊にあれこれ全てを指示してはいけない
ゴールだけを示して自由にやらせろ
彼らは驚くような成果を上げるから

そんなのがあったと思います。
まさにその通りですが

彼らは驚くような成果を上げるだろう

と信じるのは難しいことです。
経験の無い者は、きっと失敗して
きっと何度も期待を裏切られます。

それでも信じ続ける
というのは勇気が要りますよ。

それに、やらせっぱなしじゃ誰も成長しないので
結果の評価が大事です。
それを次のループに繋げるために。

これまたとても面倒くさい(笑)
でも、とても大事。

というわけで
学生共々修行中です。

迷わずにやろう

学生のうちには色々経験しておくに越したことはない
というより
学生のうちにしかできないことってあるわけですが

これに関しては
「これをやっておくべきだ」
というより
「自分が大事だと感じた事をやるべきだ
しかもすぐに!」
と思うのです。

でも、いざその状況になると
迷いが出るでしょう。

でも、迷って考えて
その後にどうなるかというと

やらない

そんなことないですか?

迷ったらダメなんです。

迷うときに何を考えているかというと
大抵は失敗したくないということです。
あとは「面倒くさい」ですね。

考えているというより
無意識レベルで「失敗したくないシステム」と
「面倒くさいシステム」が
自動的に発動している状態かもしれなくて
その場合、それは意識に昇ってこないので
迷っていること自体気付いていないことすらある。

さてさて
この状態では、やるかどうかを考えているようでも
発動している「システム」は無意識下にあるので
考えていません。

考えを支えているのが考えていないシステムだという
訳が分からない状態です。

まぁ、人の思考なんて
そんなものかもしれませんけどね。

経験を重ねて年齢を重ねても
結局は、この無意識の働きからは逃れられないわけで
問題は、我々の人生における行動のほとんどは
無意識が支配しているということです。

若い頃は、経験が少ない故の恐れなどから
迷いが出たりしますが

それを繰り返していくと…つまり習慣化すると
どんどん固定化されていって無意識は強化されるでしょう。

そうなると、自動的にうまくいかない
ということになります。

だったらどうしたらいいかというと
迷わずにやれ
ということになります。
しかも若いうちに。

最終的にうまくいくためには
失敗も含めた経験は重要ですし

「面倒くさい」は、何度もやって習慣化すると
何と!
面倒くさくなくなるのです。
だって習慣だから。

習慣は、自分にとって「当たり前」で「普通」ですので
そうなってしまうと負担ではなくなります。

バイクやクルマに乗ったりレースをやったりすれば
行き詰まったり失敗したりするものですが
それらの経験は凄く役に立ちます。

今思えば、それらをやる時に迷いはありませんでした。

16歳でバイクの免許を取ったときに始まり
18歳でレースを始めたいと思ったとき
すぐにやりたかったので
手元にあったスクーターで始めたり
その頃に、初めて行ったバイク屋さんで工具を借りたら
店主が国際A級ライダーで
「お前、明日から俺のメカやれ」
と言われて、即答即決でレースのメカニックを始めたり

考え無しで色々やって
見ようによってはバカっぽくて
実際バカだったのかもしれませんけど
色々ありましたが全く後悔なんてしていなくて
むしろ、もっとやっておけば良かったかな
とも思うのです。

それらの経験は、その後の考え方や仕事に大いに役立ちましたし
お陰で面白い人生になったと思っています。

そもそも、レースの経験がある人から
やらなきゃよかった
なんて聞いたことがないのですけどね。

もし、失敗というリスクを避けるのが
人生のトップ・プライオリティであるなら
お勧めのやり方があります。

やらないこと
絶対にチャレンジしないことです。

絶対に失敗しませんから。