低成長の裏側で

「失われたウン十年」
と言われるように、どうやら35年以上我が国は経済的に成長していないそうです。
ということは、今の大学生達は、生まれたときから低成長なわけです。
別に何かが悪くなったというより、以前からそういう環境だったわけですね。

そりゃあ、経済成長期を過ごした世代と価値観が異なるのは当然です。
経済成長期の世代が望むものは、自分の世代の社会背景と、それに基づく価値観から導かれたものなわけですから。

しかし、世代が違えど、共通して求めるものはあるわけで、それは一体何なのだろう?
というのも興味深いところ。
恐らく「幸福」とか、そういう感情を得ることなのは、世代に関係なく共通でしょうね。

ではその「幸福」とは一体何なのか?
その中身は世代によらず共通なのか?

恐らくその一つは
自分の存在意義・意味を感じられること
これは間違いないでしょう。

では、それらは何によって為されるものなのか?
その辺は大変興味深いところ。

あともう一つ。
ものごとには多面性があるわけで
経済成長期しない反面、何か良いことは無かったのだろうか?
そこでは何を得たのだろうか?
というのが気になるところ。

その辺に何か大事なヒントがある気がします。
継続的に考えてみましょう。

始まりは理想から

新しいことにチャレンジするとき、どんなゴールを設定するか
というお話しです。

何かを作るときでも何でも良いのですが
あまり経験が無いことに対してゴールを設定するとき、どんなレベルをセットしますか?

最初なのだから控えめに…
最低限のレベルで…

よくあるケースです。
特にできもしないことは口にしない、真面目で良い子だと顕著です。

多くの場合、そこには
自信の無さや
失敗したくない
とか
労力をかけずに楽に
という気持ちが潜んでいます。

なので、できそうな最低限のゴールをセットしがちです。

さて、そういったゴールで実行すると何が起きるか?

ビギナーに限らず、完璧な人間なんていないので、大抵は目標を若干下回る結果が出たりします。
チャレンジなんてそんなものですが。

この場合、ゴールを最低限のレベルにセットしていますから、得られる結果は最低限を下回ります。
当然ガッカリするでしょう。
自信を失いますね。

自信が無ければ、次のチャレンジも、最低限を狙うでしょう。
でも、完璧にはできないので、再びガッカリする結果が出ます。

この問題の核心は、自信が無いので、簡単で低レベルな手段を選択したくなることです。
つまり、実行において手段から決めてしまっていることです。
手段が同じなら結果は変わりません。
何度やっても変わりません。
こうなっちゃった
となります。

なので、手段ではなく
どうしたいのか
という「理想」・「希望」から決めるべきなのです。手段ではなく。
もちろんそれは、見えるようにすべき。
文字でもイラストでもいいので。

自信が無くて、ショボいゴールを設定してしまったとき、ゴールが見える化したされていれば、手段が固定化されて、最低限のゴールをセットしているかどうかが自分でも確認できますし、外部から評価・確認ができます。

真面目で良い子は、できもしないことを言わない訓練がされているので、こういうのは難しいかもしれません。

高い理想を掲げて、失敗したらどうするんだ?
と思いますか?
最低限以下よりマシじゃん!

トリガーは自ら引け

やれと言われたらやる

これは、外部からの指示がトリガーとなって行動するということです。
一見悪そうではありません。
というか、それが普通かもしれなくて、それができれば褒められたりします。学校ではね。

では、その先に行くにはどうしたら良いでしょう?

色々あるでしょうが、私のような凡人が考える方法の一つはこんな感じです。

「時間」という名の、最も貴重なリソースを最大限に活かす。

限られた時間内に最大の成果がほしいなら、それしかありません。凡人ですから。
それには、トリガーからのスピードの立ち上がりが明暗を分けます。

なので、トリガーが引かれる前に、その後に起こることを想像して備えておけると良いですね。

一番良いのは、自らトリガーを引くことでしょう。
そのためには、「その先」を想像しておいて…
それはつまり、あらかじめゴールをセットしておいて、日頃から妄想しておく、ということになるのですが。

これ、好きなことじゃないと適用しにくいかもしれませんね。
でも、こんなちょっとしたことを日頃から心掛けておくだけで、トリガー発生まで何もしない場合との差は想像以上に大きいものになるのですよ。
習慣によって日々積み重ねられていくわけですから、1年もすれば凄いことになります。