楽と楽しい

楽(らく)

楽しい

同じ字を書きますが、中身はかなり違う。
それは誰でも分かっているでしょう。

でも人は、楽で楽しいものを求めがち
それはそうでしょう。

より楽で、より楽しければ
コスパがいい
という話になる。

楽な状態は低負荷であるわけで
リソースの投入量を最低限にしたいということでしょう。
そして当然ながら、リスクも最低限にしたいでしょう。

それが普通。
で、実はそこが大事なポイントだったりします。

普通のプロセスから生み出されるのは普通のもの。
では、普通じゃないプロセスを選択したら
そこから生み出されるのは普通ではないもの。
それは当然でしょう。

このシンプルなセオリーを信じるのは勇気が要るかもしれません。
でも、だからこそ、そこから価値が生み出されるのですけどね。

勇気も必要とせず
最低限の入力で
最大限のゲインを得たい

それは分かります。
誰しもそう思うでしょう。

でも、考えるべき事は
そこから何を得られるか?
ということです。

そして、さらに考えるべき事は
何のために?
です。

要は、どのようなゴールを設定していて
そのためにどうするのか
ということですね。

大学でお勉強をするのは結構なことですが
それは一体何のためなのか
というのは大事なことです。

ゴールの設定が無いままで

楽だから
キツイから
楽しそうだから
大変そうだから

といった目先の感情に動かされているのは
大変もったいないことだと思うのです。

だって、ゴールを設定して
必要なプロセスを設計して実行すれば
大抵のことは実現したりするのですから。

ゴールは自分で設定しよう

親と自分のゴール
先生と自分のゴール
のように
他が求めるゴールと自分が求めるゴール
それらが同じだとどうでしょうか?

その場合は
他が求めるゴールを
自らのゴールとする
ということになることがほとんどでしょう。

同じでも良いのだろうとは思います。
その方が安心かもしれませんし
立場上、そうせざるを得ない場合もあるでしょう。

でも、他が求めるゴールを自らのゴールとしても
面白いことは起きそうにありませんね。

それに、他人のゴールにしたがって
うまくいかなかったりしても
誰も責任取ってくれません。

せいぜい、相手のせいにして文句を言うくらい。
それによって何も変わらないどころか
他人のせいにすると、自分は変化する必要が無いので
成長できないというオマケはもれなく付いてきます。

でも、利害が一致した相手と
共通のゴールを設定するのは面白そうですよね。

面白い方がうまくいくでしょうし
社会に出て価値を生み出すためには必要なことでもあります。
就職先を選ぶ時なんかは、その辺が重要なのですけどね。
給与とか休みとか福利厚生とか
それこそ安定性とかなんとかより
ずっと大事なことだと思うのです。

利害が一致しない相手からゴールを押しつけられたところで
どうせ長続きしませんから。

ま、それを身をもって体験するのも
また人生ではありますが。

好かれなくてもいいじゃん

いきなり何を?
と思いましたか?
何かあったのか?
と。

別に何もありません。
ふと思い付いただけです。

そもそも
悩みの根源のほとんどは人間関係によるもの。
なので
そこにゴールを置かない
というのがポイントです。

何かにチャレンジしているなら
「好かれたくてやってるわけではない」
で良いのです。

嫌われたくはないでしょうし
人間関係は大事だけど
ゴールはそこではない。

特に、チャレンジしていない人とは
とかく利害が相反しがちです。

そんな時
相手に好かれるためのことと
うまくいくために必要なこと
それらを両立させようとすると
変な悩みに陥りがち。

そしてそれは解決不可能だったりして
チャレンジを諦めることにもなりがちです。

なので
必要な選択をして
うまくいくために必要なことにリソースを使うべきだ
という話です。

ぶっちゃけ、信頼だってそこから生まれてくるのですから。
利害が一致していれば
という前提がありますけどね。

これは
ものごとをシンプルにしていきましょうよ
という話でもあります。