主体性の話の前に

むかしむかし、ある人に
「建築は建築士の資格が必要なのに、なんでクルマの設計者は資格が要らないんでしょうね?」
と聞いたところ
「クルマの開発はアイデアでやるものだからだ」
とのご返事。

実際に仕事をしてみて、その通りだな、と思いました。
そりゃもちろん、知識やら技術は必要ですが、それらを組み合わせるだけで何とかなるものでは無いですから。

当然、建築だってアイデアは必要でしょうけど、恐らく知識や技術とアイデアの比率が違うのででょうね。
建築の場合は、法的にクリアしないといけないことが多いのかな。
そもそも、こういう構造でなければならん!とか。

方やクルマの場合、法的な要件とか社内要件はあるのだけど、達成方法は自由です。
例えば、ある部分において、ある強度が必要だとして、どうやってその強度を確保するかは自由なのです。なので、アイデア勝負。

さてさて、ではアイデアはどうやって出すの?
という話なのですが、これこそ主体性が無いと無理なのです。

前向きなマインドによる主体性もあるし
時には追い詰められた末に主体性を発揮することもあるでしょう。

いずれにせよ、アイデアを出したい・出さなきゃ、という環境に身を置かないと無理でしょうね。

というわけで、主体性についての話を展開する前振りはここまでにしておきましょう。

内的動機の歯止め

やりたいことをやるのは重要です。
が、一つ気をつけるべきことがあります。

好きなことを
好きなときに
好きなだけ
好きなように
”しか”やらない。

ビギナーはやりがちで、最初はそれでも良いのですけどね。
成長過程においてはそういうことも起きがちです。

個人的な趣味であれば問題ありません。
でも、このやり方では価値を生み出せないのです。

だってそのやり方は、自分のため”だけ”だから。

そして、価値は自分で決められるものではありません。
手渡した相手が決めるものです。

どうせやるなら
「お!凄いじゃん!!」
って言わせたいよね。

「どうしたいか」は思った以上に大事だ

何気なくもう
「どうしたいか」
これは以外と深いですよ。

欲求をあらわすものであり
価値観を反映するものであり
方向性を示すものでもある。

そして、「何のために」という上流のゴールとセットです。
もちろんこれも
欲求や価値観、方向性を含みますが、より概念的で抽象的です。

で、この「何のために」はゴールと言いましたが、色々考えたりやったりして、最終的に思い付くものではありません。
名前は「ゴール」ですが、最初に考え、決めるべきもので、思考のスタート地点です。
行動で考えると、最終的に到達すべきところ。
なので「ゴール」と呼びます。

当然ながら、その下流の
「どうしたいか」

「どうやってゴール達成したいか」
であり

さらに下流の
「どうやって」
は具体的な手段です。

ゴールは、最初に決めるべきものなので、あまり悩むところではないかもしれません。
問題は、「どうしたいか」だったりします。

というのも、これを飛ばして具体的な手段の
「どうやって」
を決めてしまうことが多いから。

特に我々技術系の人間は、ヘタに技術が好きなものだからそうなりがちです。
好きな技術を使いたくなってしまうのです。
技術って手段ですからね。

なぜこれが問題かというと、手段を決めると同時に結果も決まってしまうのですが、「どうしたいか」を飛ばすということは、ゴール達成の手段を固定化してしまうということです。

本来、チャレンジする時は、目的を達するために試行錯誤をする必要に迫られます。
この試行錯誤は手段に対するものであって、それは自由であるべきなのです。
だって、そうじゃないと結果は変わらないからです。

というわけで
「どうしたいか」
は大事なのですよ。
というお話しでした。