なぜ学生はチャレンジすべきなのか その2

クリエイティブな仕事をするなら
想像で創造する必要がるわけで
それは当然新しいこと
やったことがないこと
それをやる必要があるわけです。

「やったことがないのでできません」
というマインドではクリエイティブな仕事はできません。

言われたらやる
教わったことをやる
では、前例があることしかできないわけで
そんなのは全くクリエイティブではありません。

大事なのは
やったことがないことに対してどうするか
ということです。

やったことがないけどやってみる
分からないけどやってみる

そこで必要なのは
リスクを取って動けるか否か
です。

価値はチャレンジによって生み出されるわけで
大きなチャレンジは大きな価値を生み出す可能性が高いわけで
大きなチャレンジは大きなリスクがあるのは当然なわけで…

実際に仕事をするとなったら
いちいちリスクが云々なんて
深刻に考えていなかったりもしますし
そもそも、そういう状態でワクワクしないと
良い仕事ができなかったりもします。

学校ではその「土台」を作っておく必要があるのですが
現状では
分からないけどやってみる
という経験をする機会が無いか、少なすぎる。

それを楽しめる領域までプッシュする機会はまずありません。

まぁ、将来そういうことををする者を育成するための構造になっていないのでしょうから仕方ないのでしょうけど。

でも、社会に出た際の実践のために
事前に可能性を最大限に高めておくのであれば
学校を利用しない手はありません。
失敗した時のリスクが小さいのだから。

大きなリスクを取れるようになるためには
未来を想像して
不確実な未来を想像して
そこに向けたチャレンジが必要です。

そのためには
魅力的なゴールを設定して
未来を想像して
やってみる
という機会が必要です。

とはいえ
全員がやる必要は無いでしょうし
そんなのは無理でしょう。

そもそも、そういうのを外的動機で「やらせて」しまったら本末転倒です。
やりたい者ができる環境があることが重要なのです。

なぜ学生はチャレンジすべきなのか その1

学生のうちにやっておくべき大事なことの一つは
チャレンジできる土台を作ることだ
というお話しです。

色々お勉強するのは大変結構なことなのですが
残念ながら、覚えただけでは仕事はできません。

学校のテストみたいに
問題に対して回答を書いたら正解!
のような仕事はありません。

知識があろうがスキルがあろうが
それらを使って価値を生み出せなければ
仕事にはならないのです。

社会に出て仕事をする
ペーパーテストのような正解はありません。

正解が無いなら
色々試しながらやっていくしかありません。
まさに今までと異なる環境でのチャレンジです。

となると
チャレンジできる人になっておく必要がありますね。

ここで、よくあるガッカリ話を一つ。

職場に配属された新人に
「これ、やってみてくれないか」
と、仕事(という名のチャンス)を振ったら…

「やったことがないのでできません」
ときた。

まぁ、よく聞く話ですが
要はチャレンジできないってことですね。

恐らく最近は
「できません」
とは言わずに
正解が出るまで延々と考え続ける
のようなことが多いのではないかと想像しますが
根本は同じでしょう。

さて、一体どうしたものでしょう。

つづく

手段と目的 その2

何かをやろう、となったら
こうしましょう!
というお話しです。
前回はこちら

社会人にとっては常識ではあるのですが
学生には難しいことの一つです。

というか、学生は普通に過ごしていたら
全く必要無いことでしょうね。
あくまでも、学生のうちは。

  • ゴールを決める
  • 戦略を考える
  • 手段を考える
  • 実行する

大抵は、こういう手順を踏みます。
別に何かルールがあるわけではありませんが
この順番じゃないと成果を出すのは難しくなります。

ゴール無しでは戦略は立ちませんし
戦略無しで手段は決められません
まぁ、当然なことです。

…なのですが!

学校ってのは、なかなか厄介な場所でして
これらのプロセスを成立しにくくする構造になっています。
いや、それは学校に限らないか…。

どういうことか?

まず
ゴールは自分で決めるものでは無く
教員から提示されるものだったりします。
授業などでは100%そうなっていますよね。
学生が勝手に決めたら怒られます。

なので
「やるべきこと」は他人から提示されるもの
そんな風になりがちです。

なので「自由」とは
その関係から解放されること
となりがちです。

「自由」とは自分で決めること
なのですけどね。

おっと、脱線しそうになりました。

ともかく、そういう環境では
ゴールをセットする機会は得られません。

戦略は、未来を想像して
「どうすべきか」を立案すべきものですが
自分でやってみる機会はほとんどありません。

ヘタすりゃ、これも他から提示されるもの
となりがちです。
自由な戦略が評価される機会はありません。

なので、想像力を育む機会はなかなか得られません。

手段は戦略を成立させてゴールに到達するために
多くの中から選択して
時には自ら創造して
自由に採用すべきものです。

ところが
なぜか最小限で最低限の手段を実行したくなったりします。

最小限の手数で、効率よくやりたいからです。
それを「面倒だから」とも言います。
「コスパがいい」とか「タイパがいい」とか
そう言っても良いかもしれません。

でも、この効率云々は
周囲の環境がそのように設計されているので
学生達がそこを狙っていくのは当然とも言えます。

それに、色々やらされる経験が多いと
「できればやりたくない」
となるのは当然で
最低限でチャチャッと済ませたくなるのは当然でしょう。

なので、経験の数が最低限になります。

ちなみに
知識は手段です。

さらに言うなら
学校に行くのも手段です。

もっと言うなら
会社に入るのも手段です。

戦略を成立させるための手段のはずですが
戦略無しで
ヘタすりゃゴール無しで
戦略から行動を組み立てようとしたりします。

だって、そうするように訓練されるから。

  • 基本の知識を身に付けて
  • 次に応用に移行して
    (本来「応用」は、実戦することであって
    難易度の高い次のステップに移行することではありません。
    そもそも、ここがおかしいのでは?)

とやるでしょう?
そんなプロセスでやったら
「次から次へと難易度の高いことを積み上げていったら
何か良いことが起きるんじゃないだろうか?」
となって当然かな、と思います。

でも、それは逆です。
まったく逆です。

ゴールがあるから到達のための戦略が必要となる。
戦略が成立するためには手段が必要になる。
そして、手段は自由なのです。

目的を決めずに手段ばかり教えているから思考の順番が逆になって
とても不自由になります。
目的が決められなくなるか、手段によって制限かがかかった状態になる。

そういう考え方を手に入れるチャンス
学校にはなかなか無いですよね。