内的動機の歯止め

やりたいことをやるのは重要です。
が、一つ気をつけるべきことがあります。

好きなことを
好きなときに
好きなだけ
好きなように
”しか”やらない。

ビギナーはやりがちで、最初はそれでも良いのですけどね。
成長過程においてはそういうことも起きがちです。

個人的な趣味であれば問題ありません。
でも、このやり方では価値を生み出せないのです。

だってそのやり方は、自分のため”だけ”だから。

そして、価値は自分で決められるものではありません。
手渡した相手が決めるものです。

どうせやるなら
「お!凄いじゃん!!」
って言わせたいよね。

「どうしたいか」は思った以上に大事だ

何気なくもう
「どうしたいか」
これは以外と深いですよ。

欲求をあらわすものであり
価値観を反映するものであり
方向性を示すものでもある。

そして、「何のために」という上流のゴールとセットです。
もちろんこれも
欲求や価値観、方向性を含みますが、より概念的で抽象的です。

で、この「何のために」はゴールと言いましたが、色々考えたりやったりして、最終的に思い付くものではありません。
名前は「ゴール」ですが、最初に考え、決めるべきもので、思考のスタート地点です。
行動で考えると、最終的に到達すべきところ。
なので「ゴール」と呼びます。

当然ながら、その下流の
「どうしたいか」

「どうやってゴール達成したいか」
であり

さらに下流の
「どうやって」
は具体的な手段です。

ゴールは、最初に決めるべきものなので、あまり悩むところではないかもしれません。
問題は、「どうしたいか」だったりします。

というのも、これを飛ばして具体的な手段の
「どうやって」
を決めてしまうことが多いから。

特に我々技術系の人間は、ヘタに技術が好きなものだからそうなりがちです。
好きな技術を使いたくなってしまうのです。
技術って手段ですからね。

なぜこれが問題かというと、手段を決めると同時に結果も決まってしまうのですが、「どうしたいか」を飛ばすということは、ゴール達成の手段を固定化してしまうということです。

本来、チャレンジする時は、目的を達するために試行錯誤をする必要に迫られます。
この試行錯誤は手段に対するものであって、それは自由であるべきなのです。
だって、そうじゃないと結果は変わらないからです。

というわけで
「どうしたいか」
は大事なのですよ。
というお話しでした。

二極化の時代の過ごし方

社会の二極化
これ、たぶん来ちゃいます。

かつての日本は「一億総中流」なんて時代がありましたが、それには原因があったわけで、今やそういう状況ではありません。

日本はアメリカの5年とか10年後を追っている、なんてのは昔から言われてきたことです。
なので、来るでしょう。
というか、もう来てる?

この「二極化」ですが、大抵は経済的な状況を指します。
ですが、そこには原因があって、それは考えるまでもなく「人」です。
価値を生み出せる人と、生み出せない人に二極化するということです。

そこには色々と要因があるでしょう。
それらの中で、自力で解決できるものもあるはず。
そして、それらの多くはメンタルとかマインドに根ざしている。

「できる」と思っていればチャレンジできるし
「できない」と思っていればできません。

そして、どう思うかは自由なのですが、環境からの影響は大きいはず。

情報社会が災いして、経済や雇用に関する不安とか、世界規模の不安定な情勢とか対立に関する情報を大量に目にします。

そんな情報を無自覚に受け止めていたら、未来に対する不安とか、行き詰まり感とかを感じて、気力が萎えるのも分からなくもない。

そう。先が見えないのは不安で萎える要因になり得ます。
外部からの情報に対して、単に素直に受け止めていたら、そうなるでしょう。

なので工夫が必要です。

まずは受け止める情報をコントロールしましょう。
そして、ものごとには多面性があることをお忘れなく。
色んな角度から情報を検証して、都合の良いように利用しましょう。
もちろん、内的動機を発動できるように、です。

考え方としては
「どうなっちゃうか」
ではなく
「どうしたいか」
です。

つまり、自身でゴールの設定をしましょう、ということです。
これ、凄く大事です。