将来は安定した暮らしを…
と、将来を望むのはよくある話。
なのですが
これ、一体何を望んでいるのでしょうね?
収入に対しての支出の話であって
収入に対する労力で
インプットに対するアウトプットで
いわゆる
「インカム(income)」に対する
「アウトゴー(outgo)」ですね。
同じようなアウトゴーに対して
同じようなインカムが継続的に得られる
といったような感じで
さらに
あわよくば得したい
わけです。
言ってみれば
タイパとかコスパですかね。
違いますか?
昔々、学生の頃
私はそう思ったことがありましたよ。
皆がそんなことを言うので
そういうのもアリなのかな?
と思ったのでしょうね。
速攻で
そんなのくだらねぇ
と思って却下しましたが。
安定なんて
そんな面白くなさそうなことは
きっと自分には継続できない
と思ったのです。
さて、今回は何を言いたいのかというと
「得したい」
と思っているかぎり
「得しない」
ということです。
なぜって、それは簡単です。
そういう人の動機は
「自分が」「得をしたい」
です。
あなたは
「得したいなー、得したいな-」
と思っている人に
得させたいと思いますか?
恐らく多くの人は思いません。
でも、今やそれが「普通」になっていませんか?
相手に得をさせよう
とは思わずに
自分が得したい
と思う。
これは
相手には価値を手渡さないけど
自分は欲しい
ということです。
気持ちは分からなくはないけど
理にかなっていません。
得したい
という心には
徳が無いのですね。
なかなかうまくいかないのも当然でしょう。
ただ
得したい
と思っている状態から
徳のある行動をするには
かなり勇気が必要です。
しかし
勇気が必要な行動の多くには
価値があるのですよ。
対して
勇気の要らない行動の多くは
価値が無かったりします。
そんな事を考えていると
価値を創造するのは
シンプルだけど難しいのだよなあ
なんて思うのです。
