コミュニケーション能力が…とか言いますが

ちょっと気になっていることがありましてね。
一所懸命勉強して知識を身に付けて、個人的なパフォーマンスを上げるのは結構なのですけど、それでどうするつもり?
というお話しです。

近年、大学ではコミュニケーション能力が大事だとかいう話を良く聞くようになりました。
もちろん学生達も分かっているでしょう。字面では。
でも、何でそれほどコミュニケーション能力が大事かというのは良く分かっていないと思います。
だって、そんなのが必要とされるシーンに遭遇する機会がほとんど無いから。
たぶん先生方も同様だと思います。

コミュニケーション能力が重要とか言っても、それが必要な環境が無ければ、どれほど重要なのかなんて分からないし、そんなもの必要とも思えないでしょう。

人間関係は面倒ですしね。
でも、だからこそ価値がある。

我々が社会で仕事をするとき、多くの場合は価値の最大化を狙います。
その程度は状況によりけりでしょうけど。

そんなとき、チームで力を発揮する必要に迫られます。
だって、一人でできることには限度があるから。

コミュニケーションが取れなければ、一人の力で何とかすることになりますが、そんなのは無理です。
いくら優秀な人でも、一人でできることはたかがしれていますから。

そもそも、会社を始めとした組織なんてのは、色んなことができる人が集まって力を合わせて、チームの力で大きな成果を出すものです。
そういった総力戦の状況で動けなければ、いくら知識を持っていて優秀とされていても役に立ちません。

なので、個人主義も結構だけど、それは大変もったいないことだよなぁ、と思うのです。

人の繋がりや助け合い
誰かのための仕事
誰かの役に立つ喜び

そういったものが無くなると、組織として力を発揮できず、結果的に弱くなり、恐れが行動の動機となる。
恐れが行動の動機となると、結果はどうなるか?

そこで力を発揮する人もいるでしょうが、大抵は守りに入って、最低限のことをしっかりやろう、みたいなことになったりします。

自分が社会はもちろん、組織を支える一員だという自覚がないと、力は分散し、競争力は無くなって、結局は残念なことになります。

という自分も昔はそんな自覚はありませんでしたけどね。
だって、好きなことやってただけだから。

でも、組織愛はありました。
これは確かに言える。

その気持ちが組織の仲間意識を醸成して、結束力が高まり、仕事の結果に繋がるのは実感できました。

学生達には社会に出る前に、学校でそういう経験をしてほしいのです。
そんなことを思いながら、日々夢工房を回しています。

未来予測とその対応 その11

これはどうでしょう?

・「コミュニケーション能力」は大事
良くそう言われるが、その定義は難しい。

はい。確かに難しい。
ただしゃべっているだけでは
コミュニケーション能力
とは呼びにくい。

友達とのおしゃべりが楽しくできたところで
そういう問題ではないのだよ
ということなのですが

この場合は
仕事が前提とは限らないものの
何かしらの目的達成を前提に
そのために必要な情報のやりとり
そんなニュアンスで良いでしょうかね。

その際に重要なのは
アウトプットする情報が
相手が理解できる形になっているか?とか
相手にとって価値ある情報か?とか
そういった客観的な判断が必要だったり
まぁ、他にも色々あるでしょう。

それに
コミュニケーション能力が大事
そう言われるようになった理由があるはず。

それはもちろん
コミュニケーションが取られなくなったからなのですが
一体なぜだ?

それは当然
そういったスキルが必要な環境にいない
ということでしょう。

授業を主体とした、いわゆる「学び」での姿勢は
受け止める一方です。
見るだけ、聞くだけです。

そして
アウトプットは紙に向けて行われます。
ただ正解を書くだけ。

それがうまくできると100点。パーフェクトです。

そんなことを何年も繰り返せば
自分は「受け止める人だ」
つまり
消費者だ
みたいな価値観が、バッチリ身に付いてしまうでしょう。

その消費者的な価値観のまま
数年後には突然、供給する側に回るわけです。

それで「良い仕事を…」とか
そりゃ無茶ですね。

でも、対策はシンプルで

好きなことで高い目標を設定して、一所懸命やる

これだけで良いと思います。
それをチームでやれば
自発的にコミュニケーションを取る必要が出てくるわけで

やはり
自分から「そうしたい」と思って…
まぁつまり、自発的にということですが
そういう動機で動ければ解決ですよ。