効率の功罪2

効率の向上自体は
悪いことでは無いばかりか
技術の発展とは切り離せず
重要で歓迎すべきことです。

なので学校では
効率良く高効率に欠かせないことを教えます。

が!
教わる方は、その価値は十分理解していないことがほとんど。

当然です。
その手段(知識)だけを教わるからです。
何に対して何が良いのか分かりません。

大工仕事を知らない人に
ノミやカンナを渡しても
どうしたら良いか分からないでしょう。

そんな状態で
何のために理解し
覚える必要があるのかというと
それは
試験に合格するためです。

なので動機としてはちょっと弱い。
試験という一時的なもののためだから。

本当に大事なのは
彼ら自身が効率を向上したいと思うこと。

必要なのは
そう思うための経験でしょう。

そんなことを考えていると
好きな事をとにかくやってみる
という経験が必要なことが理解できます。

もっと効率良くやりたい
もっと良くしたい
と思えるから。

効率良く高効率に欠かせないことを
試験という一時的なことのために習得すると
実用的な知識として残らず

結果として
効率の悪い経験となってしまうのではなかろうか
なんて思うのです。