「価値をつくる」
ということは
失敗
面倒
苦労
恐怖
悔しさ
などを感じるリスクを
「他人のため」に
どこまで背負えるか
ということでもある。
「自分のため」では
他から見たら価値は無いですから…
と思っているのですが
そんな話をすると
そのために
悲壮な覚悟や
犠牲的な行動が…
と思ってしまいませんか?
そうではありません。
悲壮な
とか
犠牲的な
なんて奴隷的な感情では
継続は難しいし
大きな価値も生み出しにくい。
しかし、なぜそう思ってしまうか?
それは日頃から
やらされる行動ばかりだから
ではないかな?
でも、そうではなくて
様々なリスクは
「自ら望むこと」
つまり
「やりたいこと」の中に
含まれているのが理想です。
好きなことでも
突き詰めていけば
必ず壁にぶつかる
そういうものですし
そういうレベルまでチャレンジしてこそ
価値になるのです。
そして
その結果
相手が喜んで
自分も喜ぶ。
そうじゃないとやってられません。
もちろん
何に対して「快」を感じるか
というのも重要なポイント。
他人が恐怖や不快感を感じているものに対しても
自分はそうでなかったりするし
むしろ楽しかったりするなら
それは独自性であり、優位性であり
価値の「入り口」です。
なのでむしろ、そういうのは
他人と異なっていた方が理想的。
やりたいことにチャレンジする
でも
いずれ壁にぶち当たる
そこで感じるのが
冒頭の
失敗
面倒
苦労
恐怖
悔しさ
であれば
それは決してネガティブなことではなく
何かを失っているわけでもありません。
そういう経験そのものが
次に価値を生み出すための
自分を作るのは確かでしょう。
それが成長であり学びです。
