効率の功罪

効率の良い教育を受けた結果どうなるか

それは
ものを作ったりすると良く分かります。
もちろん、言われたことをやる前提での
ものづくりではありません。
ちょっと思い付く範囲で書いてみましょう。

やったことがないけど
自分がつくりたいものを作る
とか
つくるべきものを考えて作る
とか
想像(創造)力を要するものづくりにおいてという前提です。

効率の良い教育の結果
余計なことをやった経験が少ないので
いわゆる「引き出し」が無い状態になります。

それはまあ仕方ない。
だって経験が無いのだから。

で、そこからどうするか?

色々アイデアを出してみる
とか
色々試してみる…
とはなりません。

なんで?

本人も気付いていないことが多いのですが
恐らく正解じゃないかもしれないからです。

アイデアやトライは
正解である保証はありません。

さらに
多くのアイデアを出すことができません。
発想の初歩段階から視野を狭めて
一つだけ考える
とかになりがち。

発想の初期段階においては
色々と想定して
最初は視野を広げないといけないのだけど

多くの手数を打って
その中から相対的に良いものを選択する
ということにはなりません。

それは効率が悪いからでしょうね。

色々考えて試してみる
つまり
間違えているかもしれないけどやってみるというのは
彼らにはとても難しいこと。

というか
そんな間が方ややり方は
否定されたり禁止されたりするだろうから
思いもよらないことでしょう。

なんか愚痴を言っているようで気持ちよくないですが
問題を解決するために
まずは問題を明確化せねば
というのが今回です。

こりゃまた続いちゃうかも。