良い仕事してください

よく勉強ができるコを
「頭が良い」
って言うじゃないですか。

本当ですか?それ。

学生達が、勉強ができる友人を指して
「あいつ、頭良いから」
とか言うし
「俺、頭良くないっすから」
とか言います。

まぁ、こういう場合は
できない
やらない
言い訳のことが多いですよね(笑)

本当に頭が良いというのは
果たして知能指数が高いことを言うのか
要領が良いことを言うのか
定義ははっきりしていませんが
きっと何かしらの能力が高いことなんでしょうね。

勉強ができて
良い大学に入って
有名企業に就職
というのが、果たして幸せになる王道
…ってことはないのは誰しも知っているところ。
とはいえ、ついつい多くが
それこそが成功であるような錯覚をしているのも事実。

そんなねー、学業の成績だけでハッピーになれるほど
世の中単純じゃこざいませんよ。

世の中には色んな仕事がありますね。
みなそれぞれ、色々な役割を担っています。

「職に貴賤なし」
とはよく言いますが
まさにその通りで
何も一流会社のサラリーマンだけが
価値ある仕事をしているわけではないし
いっぱい稼いでいる人が必ずしも
ハッピーというわけではありません。

皆さん知っての通り
店員さんだって
コックさんだって
大工さんだって
尊敬すべき素晴らしい人は沢山います。

いわゆる一流企業に勤めている人だって
しょうもない人は沢山います。

もしそれが分かっていないようだったら
そりゃ不幸ですわ。

私は子どもと話をする機会があると
「将来何になりたい?」
なんてことを良く聞きます。

「お花屋さん!」
とか
「電車の運転手!」
とか聞くと
「あー!それはいいねー!!」
なんて返事をしますけど
それ、本気でそう思ってますから。
「このガキ、どうせそのうち一流大学行って
一部上場の会社に…とか言い出すに決まってるぞ」
なんてことは思いません。

私は大学の教員としては
色々な仕事を経験している方だと思います。
その中でも、職人さんと付き合う機会が多かったと思います。

それはもう色々な職人さんがいました。
鈑金職人とか
とび職とか
看板職人とか
最終的には自動車の試作の職人さん。
大学にも技術職員の先生がいますね。
ああいう方も職人さんに近い存在でしょうか。

振り返ってみると
凄い人達とお付き合いさせてもらったなぁ
と思います。

だってね、ミラクルですよ。
ゴッドハンドです。
彼らの手から、素晴らしい物が次々に生み出されてくる。
そういうのを目にしていた時の私の立場は
経験の浅い職人だったり
営業職だったり
設計者だったりしたんですが
いつも
「すっげぇなぁ」
と驚いていましたよ。
色々学ばせてもらいました。

自動車好きなもんで
やはり自動車の試作の現場は最高でしたね。
だって、車作っちゃうんですよ!
量産工場とは訳が違います。
定盤と呼ばれるでっかい鉄の塊の土台の上で
どんどん車が形づくられていきます。
「おぉー、できてきてるぞー!」
という感じです。
良く分からないでしょう(笑)

そうそう
今はもう、そういう人はいないでしょうけど
以前、一枚の鉄板からボディの形を作る
昔ながらの技術のトレーニングをしている人を見たことがあります。
そりゃぁもう、何というか
神ですわ。
ハンマーでボディの形を叩き出しちゃうんです。
一日中でも見てられます。
仕事さぼって見てたら怒られるから無理ですが。

試作車の最終的な仕様を決めるテストドライバーも凄いですよ。
彼らもある意味職人です。
テストコースをガー!っと回ってきて
足回りの細かい仕様を具体的に指摘してきます。
普通じゃ感じられない振動とかノイズとか
バシバシ指示してきますしね。
「え~、そんなの分かるの!?すっげー!」
って思っちゃいますよ。

そういう人たちと付き合ってると
単に勉強できることが頭良いなんて
笑わせるんじゃないよ
と思っちゃうのですよ。

大学出てエンジニアになるのは結構なことです。
でも、お客さんを喜ばせるのは当然として
自分達が考えた物を形にしてくれる人たちを
それを売ってくれる人たちを
喜ばせるような仕事をしてください。
そういう人たちのチームの一員であることを
誇りに思えるような仕事をしましょう。
そうすれば、きっと自分もハッピーになれるはずです。

その辺の基本的なマインドを大学で…
ってのは難しいかな。
やっぱり自ら手を動かしてやってみないと
分からないでしょうね。

夢工房では
その辺をできるだけ分かってもらえるようにしているつもりです。
やるからには単なる工作の次元を超えないとね。
知識の量とかスキルだけじゃ良い仕事はできませんから。

技術は人なり

運の掴み方

運が良いとか悪いとか言いますよね。

これ、どういうことでしょう。

運が良いというのは
思っている通りにとか
思ってもみなかったことがとか
色々あるでしょうけど
自分以外の力によって
良いことが起きるような状況ですよね。

運が悪いというのは
その反対。
自分の力以外の何かの働きによって
もしくは働きがないことによって
思い通りに行かないとか
思いもよらなかった悪いことが起きるとか
そういうことでしょう。

いずれにしても
自分以外の何かの働きによる
というところがポイントです。

運が良いというのは
チャンスを活かせる人です。

でも、チャンスそのものは
見えないんです。

自分に向かってポロッと投げられた機会
自分に向かってやってくる未来の出来事
これが自分にとって良いのか悪いのか
そんなことはやってみなけりゃ分からないんですよね。

分からないんだから
損得勘定をここで発動しても意味ないんです。

でも、多くの人は考えちゃいますよね。
「これやって、うまくいくかなぁ」
とか
「これやって得するかなぁ」
とかね。

そんなふうに迷っているうちに
幸運の女神は通り過ぎてしまうんですけどね。
以前に似たような記事書いてますが。

ご自分がチャンスを放れる立場に
立ったことがある人なら実感していると思いますが
例えば部下に
「これ、やってみる?」
って聞いた時に
「う~ん」
とか考えてる時に、すでに
「あ~、こりゃダメかもなぁ」
と思い始めてしまうものです。
つまり、チャンスを放った相手に対する期待が冷めてくる。
冷めれば冷めるほど協力する気持ちは薄れてきます。

これ、本人にしてみれば
時間が経てば経つほど
うまくいかなくなる可能性が高まる
ということです。
つまり
自分の利益を考えれば考えるほど
運が下がっていくということ。

迷っている間って
損得の精査をしているつもりなのに
損する側に行っているなんて皮肉ですね。

反対に
「やる?」
「やります!!」
と、打てば響くような反応をする部下は
全力で応援したくなります。

仕事が凄い流れになる時って
そんな時ですよね。

受けた本人にしてみれば
運が向いてきた状態になるでしょう。

これ、即座に応じることができるのはなぜでしょう?

自分が得することばかり考えていないからです。
自分が得することばかり考えているのであれば
迷いますから。

さてさて
で、この「運」ってヤツは
自分以外の何かの働きによるものなんですが
それはもう神様かもしれませんが
あなたの隣の知人の協力だったりもします。
とにかく自分以外の何者かです。

チャンスが放られるのにも
運が向いてくるのも
自分の利益ばかり考えているんじゃダメってことです。

他の利益を考えられる人
いわゆる利他主義者は
チャンスに強いですね。

幅広い人の利益を考えて動ける
それを長い時間軸でやっていける人は最強です。
皆に必要とされます。

中には
凄い利己主義で
凄まじい頑張り屋さんもいると思います。
でも、人のことを考えられないのであれば
最後には悲しい結果が待っているはずです。

こういうことは
古くからの我が国の歴史を見ると
何となく分かってきます。
伊達に2000年続いていませんからね。

と、偉そうなことを言ってきましたが
言うは易しなわけで
なかなかうまくいかないものです。

精進しましょう。

技術は人なり

やはり技術は人次第

ひょっとして
ひょっとすると

外から無理矢理突っ込まれた教育
これは悲しい結果を生み出すのではないか

自分から好んで取りに行った学び
これは幸せな結果を生み出すのではないか

なんてことを考えることがあります。
具体的に例を挙げてどうこう言えませんし
その「結果」というのが個人的なものなのか
環境も含む他に及ぼすものなのか
そんなこともよく分かりません。

でも、無理矢理突っ込まれた何かを
有効に積極的に利用しようとは思いませんよね。

知っているけど上手に使えない
というのはあまりハッピーなことではありませんよね。

やはり理想的なのは
自分の興味に従って取りに行った何かを
自他共にハッピーになるような使い方をする
ってところですよね。

そんなことを考え始めると
良い技術とか悪い技術とか
ってことを考えますが
基本的に技術には良いも悪いもない
というのは良く言われるところ。
ただ、技術レベルの善し悪し(高低)ってのはありますけどね。

良く出る例えは
刃物でしょうか。

料理に使うも
人を殺めるのも
使う人次第。
切れない刃物は逆に危ない
なんてもの面白いところです。

兵器も同様です。
戦争に使うということは
自国民の命を守るため
ということでもあります。

自動車は、とても便利で
今や我々の生活に欠かせない道具の一つですが
自動車生誕からしばらくは
ひどい排ガスを平気でまき散らしていたわけです。

現在の視点で言えば「ひどい排ガス」なんて言えますが
当時はそれが普通なわけで
時代や周囲の環境の変化とともに
技術に対する見方が変わってくるというのもありますね。

交通事故による死者は世界的に見るとかなりのものです。
これも今後どのように変わっていくのか
大変興味深いところです。

どんなものでも結局は
時代背景や使い方次第
そういうものでトレードオフが決まってくる
そういうことでしょうね。
国民性や信仰などでも変わってくるし。

ということは
技術に関わるものは
どれくらい広い範囲のユーザーを対象とするかとか
どれくらい長期の未来を予測するか
つまり視野の広さと創造力が重要ってことなのでしょうね。

とはいえ
そういうのも絶対と言い切れないところが
難しくも面白いところだと思います。

こういうのは学校だけでなんとかなるものではなかったりするので
やはり個々人が色々工夫する必要があるってことですね。
どのような技術をどのように得るのか、形作るのか
それはやはり人次第なわけで
知識や能力だけではどうにもならんわけですね。

技術は人なり