勉強ってなに?

勉強って、知識を知ったり覚えたりすることでしょうか?

それも勉強の一部でしょうけど
それが勉強なのだ
というのなら、全力で否定したい。

なので
勉強ができるイコール頭が良い
という価値観には違和感を感じるのです。

やってみること
それによって分かること・気付くこと
いわゆる暗黙知ですが

私としては、そっちを得る方が
よほど「勉強」らしいと思うのですけどね。
というか、それこそが勉強だと思っています。

暗黙知は、やることによって得られるので
より「できる」に直結しやすい。

対して、机の上のお勉強で得られる形式知は
言ってみれば知っているだけ。

利用することを前提に得たものではないので
密度も定着率も十分ではなかったりします。

そして、卒業後は
あっという間に忘れてしまうでしょう。

ただ、ある程度の実践経験がある人が持つ形式知は
暗黙知と結合して利用ができるので
単なる「知っている」とは次元が違っていて
価値が段違いだったりしますが。

一般的に、学生の学びのほとんど全ては形式知なわけですが
人生の今後の基礎を作る大事な時期を生きる
彼らの貴重な時間のほとんどに実践が含まれておらず
暗黙知が得られないのが残念でなりません。

でも、実際のところ
何をするかは彼ら次第であって
別に、受け身で指示待ちに徹する必要はないのです。

自分の好きなように決めて行動できる自由を持っていることを
気付いているか、気付いていないか
そこが明暗を分けているだけなのです。

習慣は手強い

何度か
いや、何度も習慣についてはネタにしてきました。

やっていることが
うまく行くも
うまく行かないも
習慣によるところが大きいのだよなぁ
なんて思います。つくづく。

分かりやすい、よくある例があります。

親が子供に
「勉強しろ」
と言うのは、その親が子供の頃に
そう言われて育ったから。
そうじゃないですか?

ここで言う「勉強」って
机の上でやる、形式知のことです。

もちろん勉強するって大事です。形式知だろうと。
でも、言われてやって
うまいことできるようになるのって
ごく稀な話じゃないでしょうか。

だって、今まで見てきた
前向きに進んで勉強するヤツって
親から「勉強しろ」なんて言われてこなかったのが多かった
というか、そういうのがほとんどでした。

好きなことに対して一直線なタイプも
親が凝り性なタイプだったりします。

自分の場合はどうだったのかな?

私の場合、親は完全に反面教師だった気がします。
なので、反動が強力で
親が望む方向と逆方向に全力疾走するような
バカな少年でした。

ただ、やはり親のやり方の影響は受けていたようで
その呪縛を時間をかけて解いてきたつもりです。

こと習慣から発する負の環境に関しては
視座を変えて、視野を広げて
自分の状態を客観的に見て
理想を考えて…

なんてやり方を繰り返して
新しい習慣として上書きしようと頑張ってるわけです。
まだ先は長い気がしますが。

習慣について考えるたびに思うのは…

「言われてやる」
なんてのは
ロクなことにならないよなぁ
ということなんですよ。

それはもう色んな意味で。

でも特に問題なのは
常に心の片隅に
「できればやりたくない」
が生まれてしまうことです。
そして、それが発動することが習慣化してしまう。

なので
好きなことを好きなだけやって
苦労でも、恥ずかしい思いでも何でもしてみれば良いんですよ。

やらないと分からない暗黙知を得る
勉強の再定義です。

その方が、深みのある面白い人間になるだろうし
仕事も面白くなるだろうし
少なくとも後悔の無い人生になるのは間違い無い。

夢もチャレンジも無い人生なんて
一体何のために生きてるのか分からんじゃないですか。
そう思います。

あ、でも
躾けは大事だよなぁ
と思います。

未来を決めるもの

知識や能力を身に付けるために学校に行ったりしますが
では、能力があればOK?

目的に合致した能力なら大いに結構ですが
そうでもない場合も多いのではないでしょうか。

そもそも、その能力は何のために身に付けて、どのように使うのですか?
目的が無いのだとしたら、その能力に何の意味があるのか?
ってのは言い過ぎかもしれないけど
目的無しの場合、「念のため」なんてことになりやすくて
余計なことの習得に時間を使ってしまいがち。

もっとも、そうしているときは
無駄なことをやっているつもりは無いでしょうけど。

でもそれは、どんな冒険をするかを決めずに
むやみに保険に加入しまくっているようなものではないでしょうか。

保険に入りまくって
安心な状態が確保できたら
どんな冒険するかを考えるぞ!
…というのは、あまりに滑稽でしょう。

何が言いたいのかというと
我々の持っている時間は有限なのだから
さっさとゴールを決めて
必要だと思うことに集中すれば
相当なことができるのですよ。

仮にそれがうまく行かなかったとしても
そういった努力って、後々役に立ちますし
諦めなければ最終的にうまく行くものだし
忘れた頃に良いことが起きたりもするのです。

能力が未来を決める訳ではなく
欲しい未来に合致した能力を得るのが大事なのです。

これ、似てるようで全く違います。