夢とその実現について

夢のあるワクワクすることを実現するのは大変だったりします。
その過程には大抵困難があるから。

その「困難」は、今のままの自分ではできないことです。
今のままでは届かない。それが夢でしょう。

今のままで届いてしまったら、それはどう考えても夢ではないですよね。

で、そのままじゃダメだから、「困難」をクリアできる自分に変化する必要があるわけです。

が!

ひょっとして、その困難にフォーカスして、夢が無いってことにしてしまうケースは多いのではないかな。
そうすれば困難に向き合わなくて済むから。
そういう人にとっては、夢ってのはワクワクするものではなく、単なる負荷に感じる対象なのかもしれません。
そんな気がするのですが、どうなのでしょう。

もしそうなら、良いとか悪いとか、優れてるとか劣ってるとかじゃなくて、「困難」に対する価値観が問題です。

困難はネガティブで悪いことだ、と思っていたら、そりゃぁ避けたくもなるでしょう。
そして、それが優先事項になっていたらなおさらです。

でも、困難を乗り越えることこそが成長だ、と考えられれば、決して悪いことではない。
まぁ、実際そうなのですが。

そもそも、フォーカスするところにも問題があって、途中にある困難ではなく、達成したいゴールにこそフォーカスすべきなのですよ。

そう考えれば、途中に多少の困難があろうと、それは過程に存在するマイルストーンであり、成長のために必要なものであるわけで、だいぶ感じ方が変わってきますよね。

そして、ゴールは途中のマイルストーンによって構成されるものではありません。
ゴールを設定すると、マイルストーンが設定できるのです。

考え方って大事です。

資質の話

資質とはなんぞや

辞書を引くと、生まれつきの性質とか才能とか、「生まれもっての…」というニュアンスです。
でもそうなると、そこに自分の意思が介入する余地は無さそうです。

じゃぁ、資質は作れない?
どうでしょうね。

資質はどんな働きをするのか?

性質やら才能やらというのなら、無意識のレベルを構成しているのは間違いないわけで
ちょっと分かりにくいけど、無意識のレベルの「考え方」みたいなものでしょう。

無意識レベルに落とし込まれた価値観によって、直観的な判断が行動に繋がる状態と言ったら良いのかもしれない。

これが、遭遇したものごとに対して、反射的に対応できる、といったような感じで、仕事に対して自然に発揮されれば、「資質がある」と言われる状態になるでしょう。

なので、そのような状態になるのであれば、本当の意味での「生まれついての」ということでなくても良いのではないかなと思うのです。

そもそもの「資質」は習慣や環境によって形作られるものでしょうから、同じく習慣や環境で修正が効くはずです。
だって、訓練とかトレーニングって呼ばれるものは、そういうものですから。

考えなくてもできるようになる
そのためにやるのが訓練やトレーニングです。

考え方と行動を変えて、それを習慣化すればOKでしょう。

カギになるのは知能やら知識ではなく、望む行動を駆動するパワーや決断力でしょう。

尖ってないとね

スイスアーミーナイフってありますよね。
多機能で便利なナイフです。
古い言い方だと、十徳ナイフと呼んだりもしますが。
スイスのビクトリノックスのものが有名です。赤いグリップのヤツ。

これ、色んなことに使えるのだけど、それぞれの機能がさほど優れているわけではないです。
缶切りも栓抜きも、個別の道具に比べれば、どうも中途半端な使い心地だったりします。
挙げ句は、ナイフ自体も中途半端な使い心地。

でも、それは仕方ないことです。
往々にして、色々できるようにしちゃうと、何かしら妥協をせざるを得ないから。

レーシングカーもそんなものです。
ある特定の使用法に特化していますから、それ以外の使い方をすると、すこぶる使い勝手が悪かったりします。当然です。

じゃぁ、色々使えちゃう乗用車はどうなのでしょう?
日常使いの使い勝手とか、安全性とか、コストとか、それはもう凄いレベルで開発されています。
でも、ある範囲のユーザーの使い勝手を想定して開発されているので、その範囲外では使い勝手が悪いこともあります。
もちろん、純粋な走行性能でレーシングカーに敵うはずはありません。これまた当然です。

さて、今回何を言いたいかというと
別にまんべんなく色々できなくてもいいじゃないの
ということです。

「色々できると選択肢が広がる」
なんて意見があって、一見それはもっともな気がしますが、そうでもないことが多いですよ。

それは、就活などで考えると分かりやすいかもしれません。

特に何ができるわけでも無いけど、そこそこまんべんなくできたりする人を採用するのは難しいです。
だって、特徴が無いなら選ぶ理由がないからです。

それに、まんべんなくそこそこ色々できる人のゾーンってのは、多くが狙うところなので、過当競争のまっただ中に突入することになります。

結果、「中途半端に色々できでも選ばれない」ということになる可能性があります。

さらに言うなら、勉強ができるというのと仕事ができるというのは全く別の話です。

なんでもかんでもムチャクチャできる、というなら話は別でしょうが。

これ、「ボチボチのところで妥協しようぜ」という話ではなく、戦略の話です。
就活向けの戦略と言うより、生きるための戦略と言っても良いかもしれません。
自分自身の価値の作り方です。

なんでもそこそこできるのも良いけど、そのゾーンで優位性を発揮できる自信が無いなら、何かに特化した、尖ったところを狙のが良いでしょう。

すでに「やるべき」と決めたものがあるなら、そこに力を入れ続けるのが良いでしょうし、何も無いなら、何かピンと来たものに手を付けて、継続するのも良いでしょう。

気をつけて欲しいのは「探す」は案外危険だということです。
こんな時、何を探すかというと、大抵は「今の自分にできそうなこと」でしょう。

これ、今の自分にできるなら誰でもできそうなことだったりしますし、そもそもそんなものは見つからずに、時間を浪費することになるのも良くある話です。

ピンと来たものがあるなら、それこそがチャンスです。
最初はうまくいかなかったりするなら、それは誰がやってもうまくいかないことだったりもするわけで、あまり気にする必要はありません。むしろチャンスです。

何をやるかってのも大事かもしれませんが、諦めずに継続できるってのは、仕事をする上で最も大事な資質の一つですから。

継続して磨き続けていれば、きっと尖ってきますよ。

とは言うものの、学生であれば特定の単位を取らないと、進級や卒業が心配だったりするでしょう。
それらをやっつけながら、ということになるので、なかなか厄介ですね。