イニシャルの話

イニシャル(Initial)
「頭文字」という意味もありますが、要は「最初の」というような意味です。

クルマやバイクのレース経験がある人には、イニシャルと言えば…「頭文字D」じゃなくて!
調整機構などの初期値としてお馴染みの用語です。

サスペンションのスプリングをセットした状態で、いわゆる自由長からどれくらい縮めてあるかとかいう場合は「スプリングイニシャル」とか「スプリングプリロード」と言ったりしますね。

ドライバー「フロントのスプリングイニシャルは?」
(フロントサスペンションのスプリングイニシャル値はいくつですか?)

メカニック「8mmっす!」
(自由長から8mmほど縮めてございます)

みたいにね。

簡単な例として…
サスペンションスプリングの場合、イニシャルをかけると、そこで反力が生まれます。
その状態で、サスペンションに入力があった場合、イニシャルによって生じた反力に達するまでは動きません。
逆にイニシャルをかけない場合は、小さな入力でも動きます。
なので、ちょっとした入力でも、クルマの姿勢がフワフワ動いちゃったりします。

その他にも色々あるのですが、技術の詳細を話すつもりは無いのでこの辺にしましょう。

で、ですよ。
このスプリングイニシャルみたいなのは、人の心にも似たようなことが言えるわけですよ。

経験の数が少なくて、心があまりにセンシティブになっていると、自分が本来やりたいことや、やるべきことに対峙する前に、細かいことで心がフラフラしちゃう。
で、実際に行動する前に躊躇して前に進めないとか、プライオリティの低いものに振り回されるとか、そんなことになりがちです。

まぁ誰だって若い頃ってそんなもんです。
でも、学校で立派な知識を頭に突っ込んだところで、心がフラフラしちゃったら、せっかくの知識は使いようがありません。

なので「心のイニシャル」をかけておくのが重要なのですが、じゃぁ一体どうすんの?というのが問題ですね。

イニシャルは荷重であり、プレッシャーで、負荷なわけですよ。
それがあらかじめかけられていることにより、本来反応すべきで無いノイズ的な小さな入力に影響されない心が必要ってことです。

最近の学校の多くは「閉じて守られたフィールド」ではないでしょうか。
教員は、学生や保護者から文句が来ないように、衝突が起きないように、頑張って細心の注意を払ってます。
学生は、余計なことが起きないように、最低限で最小限を求めます。
なのでそういった環境では、プレッシャーや負荷をいかに最低限にして無難に時を過ごすか、みたいなことになりがちです。

その環境にいるうちはそれで良いかもしれません。
では、卒業したらどうなるのでしょう?

あなたの望む仕事でも会社でも良いのですが、その環境ではどうしたいですか?
今のイニシャル値で望む成果を出せそうですか?

恐らく最近の会社組織では、その辺を考慮して新人教育をしているはずです。
でも、要は歳を取ってからの変化を求めるってことなので、そういったことは先送りにすればするほど難しくなります。
もちろんその分、仕事ができるようになって成果を出すことも先送りになります。
あらゆることが難しくなるってことです。

では、どうしましょう?

答えはシンプル。
好きなことを、できれば実戦のフィールドで頑張ってみたら良いのです。
しかもできるだけ早い時期に。
それだけです。

2024大晦日 そしてこれからのこと

いよいよ大晦日となりました。
今年は、何となく世界の流れが次のサイクルに入っていくのだなぁ、と感じさせる一年でした。

これ、陰謀論とかそういうことではなく、世の中の成長サイクルを考えると当然のことなのです。
世界は今までそれを繰り返してきて、また同じ事が起きようとしているだけ。
我が国の歴史の授業などは年号とかを暗記することに終始していて、起きたものごとの関係などを考えたりしないので、未来の準備のために知識を利用できません。
何ともったいない!

私は学校では劣等生だったので、なおさらそういった知識はありませんでしたが、海外で戦う学生の面倒を見る中で、やはりものごとの歴史的背景などが気になるもので、調べていたら我流ながらも何となく分かってきました。
でもこれ、たぶん誰でも分かることです。

このブログでは、専門外の政治などについてはできるだけ触れないようにしていますが、技術などは戦略(戦争に限りません)を実現するための手段なので、上流の意思や状態によって変化が求められます。
なので、政治が全く無関係かというと決してそんなことはありません。教育も同様です。
なので、今回はちょっとだけそっち側に触れてみましょう。

人はもちろん、人がつくる政治やら国際関係など、多くのものごとは成長曲線に沿って変化していきます。
成長して、成熟して、没落する
今日に至るまでこのサイクルの繰り返しです。縄文時代などは例外的な長さですが、世界的にこのサイクルが崩れたことはありません。
今はちょうど、既存のスーパーパワーの没落と、新興勢力の成長初期が重なる時期なので、この流れは、恐らく来年から加速するでしょう。

我々日本はスーパーパワー側にいるので、没落するのは自然なこと。
どのようにどこまで没落するかは分かりませんが、予兆は明確に現れています。

高度経済成長やバブル経済を経験した我々は、世代を重ねながら成長サイクルのピークにいました。今はその終盤で、下降の初期段階にいます。
とはいえ、まだ安定して余裕がである状態です。
そして、そういう段階の特徴としては以下の通り。

生産性の低い娯楽を楽しむようになって退廃的になりつつある。
生きることを心配する必要が無く、安心安全で、困難に対しては脆弱な状態。

我が国だけで完結するなら、別に心配は要らないのかもしれません。
しかし国際関係には相手がいて、限られた大きさのパイ(ピザでも良いですが)の取り合いをしています。そんなイメージです。
なので、「ウチは関わってないから知らない」では済みません。
皆が取っていった残りのパイを頂いて、やっていければ良いですが、そうでなかったら?

と、長々と語りましたが、こんな話題を引っ張り出してきて心配事を延々と話しても、何の解決にもなりません。
私は政治家ではありませんし。

そんなことに対してビクビクして、不確定な未来に対して防御的に備えたくもなるかもしれませんが、でもそれは無駄なんじゃないかなぁと思うのです。

だって、一体何に対して、どう備えれば良いのやら。
でしょう?

でも、ある程度予想が付くこともあります。

新しいサイクルが始まるのであれば、それは今までとは違う世の中が始まるわけで、そこでは今までのようにはいきません。
当たり前ですね。

なので、変化に対応できるようになっておくことは重要でしょう。
自らが変化して対応できることや、自ら変化を起こせたりすることが大事になります。

そして、没落から再度成長するためには、何かが必要です。
それが何かは特定できませんが、今までと同様の一般的なことが通用しなくなるのだから、逆に今までと違う独創的なことは必要になるでしょうね。

そんなことを言うと
「そりゃ発明か!?」
と言いたくなるかもしれません。
発明家や学者さんならそれで良いでしょう。

一般的にはそういったことがフォーカスされがちですが、そういう立ち位置でなければ、何もできないかというと、決してそんなことはないのです。

そう、今だからこそ我々がやるべき事は…

勇気を持ってチャレンジすること

今まで通りですが、これに尽きます。
これができていれば、いつでもどこでも大丈夫!

困難の中に価値がある…とはいうものの

このブログには何度も「困難の中に価値がある」というような事を書いています。

ですが、やらされる中での困難はキツイです。
そんな経験ばかりだと、やる事自体が嫌になりかねません。
というか、なる。

なので、やりたいことをやるべき。
その中で遭遇する困難なら何とかしたくなるでしょうし、むしろ進んで困難に遭遇して克服したりもするでしょう。
その時の成長度合いは、やらされているときの比ではありません。

でも、やらされる中での困難も長い目で見れば役に立つときが来ます。
なので決して無駄にはならないとは思います。

とはいうののの、やらされる中での成長は最低限になりがちです。
対して、やはりやりたいことをやった方がパフォーマンスの伸びも大きいですし、何より楽しい。

問題は「やりたいことがあるのか」ですかね。

それが明確にあるなら、それをやれば良いのです。
アウトプットしたりしながら継続していけば、時として力になってくれる人が現れたり、チャンスを掴んだりします。
うまくいくまでやめなければ大抵はなんとかなりますし、仮にどうにもならなくても、かなり良い線行きますし、とても価値がある経験を得られます。

そうで無く、「やりたいことが無い」と思ってしまう場合、大抵は過去の環境の影響によるリミッターが効いている場合が多い。
「そんなことできるだろうか?」
「うまくいくだろうか?」
「怒られないだろうか?」
果ては
「儲かるだろうか?」
などが引っかかっていませんか?
それ、過去の経験によるものですよね。

そんなことを考えて、結局はチャレンジせずに無難な選択に至るのだろうけど、それを否定するつもりはありません。
無難な選択をすると、本当に無難な結果が得られるのかというのは疑問ですが。
でも、皆がリスクを取る必要は無いですからね。

やったことがなければ、できない可能性はあるし
最初からうまくいかないのは当たり前だし
ヘマしたら怒られるかもしれないし
儲かるかどうかなんて全く保証は無い

なので、無難な選択をしたければ、そうすれば良いでしょう。

ただし、「本当はやりたいんだけどな」というなら話は別です。
チャレンジできるのは、「やりたい」と思っている今だけです。
そして時が経つと過ぎ去ってしまいます。
タチの悪いことに、そういうことを繰り返していると習慣になって、やりたいことにチャレンジしないのがデフォルトになります。

なので、やりたいことをやるべきなのだ!それは今だ!
というお話しでした。