トラブルシュートと夢の実現

トラブルシュートとは
システムにおける問題の原因を探り、解決することです。

クルマなどの製品の故障とか
技術的なものに適用するのが一般的かと思いますが
そういったものだけがトラブル(問題)なのではありません。

やりたいことができない
叶えたい夢がある

そういった現実になっていないものを実現したい
これも問題なのです。

だって、それらは
実現したいのにできていない
のですから。
「できていない」という問題です。

もっとも、これを「問題」と捉えることができるか否かが
そもそも問題なのかもしれませんが
まあ、それはそれとして。

完成された
といったら言いすぎだけど
トラブルが起きないように設計された環境を与えられて
そこで言われたことをやっていたら
トラブルの発見と解決はできるようになりません。

これ、学校の授業でやる「実験」と呼ばれるものも似てますね。

やると何が起きるか分かっていることをやるでしょう?
まぁ、受講者は分かっていないのかもしれませんが
指導書を読めば、最終的にどうなるか予想が付きます。

でも、そもそも実験ってのは
何が起きるか分からないからやるのですよ。

提供する側からしたら
トラブルの発生しない環境が「良い環境」
当初の設定通りになるのが「良い授業」
なのかもしれませんが

それは、人の成長においては逆です。

トラブルを発見して解決する能力
わけがわからないものを明らかにする能力
が手に入らないのですから。

というわけで
与えられるものを受け取るだけの環境で
夢を実現するための能力は手に入らないのですよ
というお話しでした。

変われなければ変わらない

何言ってんだ?
って感じでしょう。

現状に満足いってますか?

現在、自分にとって
最も優先度が高いことに対して
です。

もちろん
すでに終着点に到達しちゃったような「満足」ではなく
ゴールに向けて「イケてる気がするか?」ということですが。

「イケてる気がする」ならOKです。

では
イケてなかったらどうか?

イケてない状態がダメってわけではありません。
いや、ダメな状態はダメなのですが
悲観するにはまだ早い。

諦めていないなら
それは最終的な結論ではありません。

ちなみに
先送りしているとか
放置しているなら
それは諦めたのと同義です。

ダメなのは
ダメな状態のまま放置することです。

行動を伴わずに
考え続けるのも似たようなものです。
いくら考えたって何も起きません。

行動するために考える必要があるのですが
考えて良いアイデアが出るなら
もっとマシな現状になっているはずで
今のような状態にはなっていないはず。

つまり
現状を変えるためには

まずやってみること

です。
必ず何かが変わります。

少なくとも、変化に必要な何かが分かります。

「あ、これじゃねーや」
とか。
それが分かるのは
とてもとても大事なことです。

やった人にしか分からないことですから。

ダメなのは
ダメなままでいることです。

動いているなら
試行錯誤しているなら
それはチャレンジしているということです。

諸法無我

仏教用語です。

この世に独立したものは存在せず
すべてが他との依存関係による

という意味だそうです。

利己的な考え
自らの利を追求する考え方では、結局自らの利すら得られないということ。

そんなことを考えていると

仕事は食うため
(自分の)将来の安定のために

といった一般的な価値観に疑問を持たざるを得ません。

それでいいのか?
と。

もちろんそれは、自らへの戒めでもあるのですけどね。

ドラッカーも言ってます。

貢献に焦点を合わせろ
と。

まぁ、「価値」の本質を考えると当然なのですけどね。

焦点が内的なものに当たっていて
コミュニケーションがうまくいかないとか
成果が出せないとか
そういったのは当然で

いくら頭の中に知識を詰め込んだところで
それが価値に変換できないのは当然で

学びとは
いわゆる勉学だけでは片手落ちどころか
リソースの無駄遣いにすらなりかねない
なんて思うのです。

「片手落ち」
って、放送禁止用語なのですね。知らなかった。
そもそも差別的な意味が語源になっているわけではないそうですが。