学ぶということ

一口に「学ぶ」といっても
色々なニュアンスがあります。

これ、英語だと分かりやすい。

お馴染みのstudy
何か対象に向き合って、調べたり考えたりする「行為」です。
これはいわゆるお勉強のイメージですね。
領域を絞って打ち込む、といった感じ。

あまり聞かないlearn
知識・技能・理解を、自分の中に獲得する「変化・成果」です。
これはスキルを獲得するようなのが代表的で
知識はもちろん技能も獲得すること。
単に何かを獲得するだけで無く
本人の中に何かしらの変化が生じるところがポイント。
経験知などはこの領域です。

そして、これまたお馴染みのtraining
特定のことができるように、反復して能力を形成する「訓練・養成」です。
そもそも語源には「引きずる」という意味合いがあるそうで
一つの方向に整えるとか、一定の行動ができる余にする
といった感じです。
経験の回数を重ねることにより
その状況に適応するとか
考えずともできるようになるってのはこれです。

どうも我が国の「学び」というと
study一本槍って感じですが
learn

training

もっと重視すべきだと思うのです。

そうしないとバランスが悪い。

勉強することは大切です。
でも
勉強は目的ではありません。

studyは手段で
learnが目的

そして

そのためには
trainingも必要になる。

そんな感じですね。

“学ぶということ” への2件の返信

  1. コメント失礼します。

    英語は言語なのに、学校では言語として扱っていないといいますか、聞く、書く、読むが必要とされてしまって、本質的な話すという部分かすごく欠けてしまっていると思います。もっと話す練習がしたいのですが。もちろん学校での勉強も大切な要素だとは思ってます。

    でも、言語なのに学ばされてるのがすごく嫌です。学校側も高3なので、どうしても受験のために勉強する方向に進んでしまいます。

    僕は大学に入る前に話すスキル、読むスキル(専門用語)を学ぼうと思います。もちろん海外のSAEのレギュレーションも確認します。

    1. 学校での「英語」は、コミュニケーションのためのツールではなく、点数を取るための受験科目「語学」の一つなのでしょうね。
      なので、実践的に使えるようになることをゴールにはしていないでしょう。
      本来は、語学に意限らず、受験ですら本来の目的のための「手段」であるはずです。
      目的無しに手段を磨くというおかしな状態になっています。

      目的達成のために手段を磨きましょう。
      それが難しい世の中になっていますが。

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