「どうしたい」はあるかい?

何をすべきか
どうすべきかは
「どうしたいか」で決まる。

それが無ければ
いわゆる「できなり」で
「こうなっちゃった」
となる。

「どうしたいか」は
言ってみれば夢であり希望です。

というか
夢や希望が「どうしたいか」であるべき
と言った方が良いのかな。
つまりゴールであるべき
ということです。

他人から
「こうすべき」
を与えられて
それに従ってばかりじゃ

「どうしたいか」なんて
どうでも良くなっちゃうよね。
「どうせ…」ってね。

若い世代に「夢がない」と嘆く年長者
でも実は
その年長者が善意で、親切に
「こうすべき」
を与えた結果
「どうすべきか」を
考える必要が無くなって
そんな余地が無くなって
試す必要も無くなって
こうなってるわけで

「どうしたいか」
のおかげで
怒られたり笑われたり失敗したり
そんなことも起きるでしょう。
間違いなく。
それはリスクですね。
ただし他人の価値観に基づく。

でも
リスクを回避すること

自分の「どうしたいか」を実現すること

どっちが欲しい?
どちらかしか選べないよ。

それは極端かもしれないけど
そう思えば話はシンプルになって
どうすべきかは簡単に決まるでしょう。

という話なんですけどね。


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