武器を持とうとしているかい?

やるだけやって、気付いたらこうなっちゃってました。
まぁ、人生なんてそんなものかもしれません。

でも、大体の方向性は決められるはずです。
おおまかなジャンルとか、自身の果たす役割とか。

夢工房の学生達なら、そのほとんどが開発者を目指しているわけです。
であれば、身に付けるべきものがあるわけで、そのためのことを日々ジタバタやっているわけです。

知識が必要なのは当然ですが、その他の大事なことは授業では学べません。
なので、こういった実際にものを作ってチャレンジする活動が重要なのです。

新しいものを作るわけだから、そのためのマインドとかアプローチとか、まぁ考え方と行動ですかね。そのへんが最重要だと思っています。

そういうのは、習慣とか暗黙知とかから構成されるので、言われたことをやるとか、何らかの情報源から得る、なんてことからは手に入れることができないのです。

代表的はところでは…

まず大事なのは想像力。先読みの力。

想像して、ビジョンを思い描いたら、それを具現化するパワーとスピード。

やってみないと分からないことだらけで、壁にぶつかることもしょっちゅう。
なので、そんな時にどうするかというメンタリティ。

開発を仕事でにしたいなら、この辺は当然必要でしょう。

でも、それらは授業では学べないし、知識として知っていても、実践できるわけではありません。

こんなことを日々継続すれば、大抵のことは何とかなっちゃうわけで、卒業生たちがかなり高い確率で開発の仕事に就いているのは当然だと思います。

今、ちょっと過去の実績を見てみたら、何と90%以上が開発の仕事をしています。
自動車が大多数ですが、他にも航空宇宙、鉄道車両などなど。
もちろん開発以外の仕事をしている者もいますが、彼らも立派な仕事をしています。

彼らに話を聞くと、同期入社でこういった活動の経験が無い者に対して、3年から10年は先を行ってると感じるとのこと。

ま、そりゃそうでしょうね。
「武器を持つ」って、そういうことです。

安全率のお話し 人生編

昨日に続き安全率のお話しです。

この安全率を人生に適用…と言ったら大げさですが
物事への取り組み方に適用した場合の、一つのアイデアをお話しします。

学校にいると
「赤点はイヤだけど、良い点数取るほど頑張る気にもなれない」
ということになりませんか?

分かります。
私もそうでした。

なぜ勉強を頑張るのがイヤかというと
それがなぜ必要なのか分からない上に
色んな科目、全方位で良い点を取らないとイカンからです。

学校では
「色んな科目ができていないと将来仕事できないよ」
のような雰囲気を感じるのです。

が、どうもそれは嘘っぽい気がしていました。
というか、嘘だと思いたかった。
だって、大して勉強できなかったから。

まぁ、実際のところ嘘なわけですが。
正確には
勉強ができるイコール仕事できる
ではないってことですけどね。

正直なところ、意味を感じないことをやらされるのはウンザリだったし
好きなこと一点で勝負したいとも思っていたわけです。
そういう者に「全方位」は荷が重い。

まぁ、勉強したくなかった言い訳はこの辺にして
ちょっぴり人生の役に立つ安全率のお話しにしましょうか。

「赤点はイヤだけど、良い点数取るほど頑張る気にもなれない」

実はこれ、凄く難しいことをしようとしてるんですよ。

つまり、赤点の領域に入らないギリギリの線に着地したいわけでしょう?
そういう状態を安全率1(イチ)と言います。
余裕はないけど不足もない。

そこを狙うのは凄く難しいと思います。
超高精度です。

でも、学校で言われたことを全方位でやらされるような状況になっちゃうと
そこを狙いたくなるのはよく分かる。

社会に出たら、エンジニアに限らず
仕事をするってことは、自分以外に価値を提供するわけですが
相手が喜んでくれれば、それは価値があるってことで
ここで話した

相手の心を、どれだけ大きく動かせるか
相手の心を、どれだけ長く動かし続けるか
どれだけ多くの人の心を動かせるのか

のそれぞれを、安全率1狙いでやっちゃうのもアリかと思うのですが
どれかを、ピンポイントで高めたら武器になります。

ヘタしたら、ピンポイントで狙ったもの以外は
安全率1を切っていてもアリかもしれません。

学校は、そういうのもアリ
という思考ができる状態ではないのが残念です。

なので、仕方ない部分もあるのですが
可能であれば学校にいるうちから
そういうピンポイント戦略をやっておくのが良いと思います。

普通なんて面白くないから。

それは自分にとっても相手にとっても。

あ、でも、学校で安全率1を切っちゃうと卒業できないからヤバイですね。
うまいことやりましょう。

安全率のお話し

それほど専門的なお話しではありません。

今、調子よく動いている機械などを見て

「今まで壊れなかったのだから
今後も壊れないだろう」

と思うことがあったりします。

これ、ある意味当然で、ある意味危ない。

確かに、今までの使い方に対して、大きく余裕を持った設計になっているなら、今後も壊れないかもしれません。

でも、そうでもない場合。例えば…
一般的には、かかる力とかの負荷に対する余裕を持った設計をします。
この余裕の大きさを安全率と呼びますが、これを小さく設定した場合は、想定した力の大きさとか、使用期間とかに対して余裕が小さくなります。
なので、想定以上の使われ方をすると壊れやすくなります。

なので

「今まで壊れなかったけど(壊れなかったからこそ)
ボチボチ壊れるかもしれないね」

ということになります。

「なんだよ!そんな危なっかしいことしないで
ちゃんと大きく余裕を持った設計にしろよ!」

と思いますか?

でも、そうすると

性能が低下したり
コストが増大したり

といったことになります。

なので、高性能なレーシングマシンは安全率を小さく取ります。
想定された使われ方に対して余裕を小さく取って性能を向上させるわけです。

そういう設計をしてあるので、ちょっとイレギュラーなことがあると壊れちゃうのは当然のことです。

ちなみに、レーシングマシンにおいては、安全率をいくつに設定するかによって性能が大きく左右されるので、機密情報扱いです。

さて、我々の生活においても似たようなことがありませんか?
「一応」とか、「念のため」なんて考えることがあるでしょう?

それをやっておくにも労力や時間など、色々とリソースが必要になるわけで、そのために何かが犠牲になるのです。
「一応」とか、「念のため」をやり過ぎると、強みになる武器がなくなります。

自分にとって大事なものは何なのか

そこにフォーカスして強みを伸ばす
これも設計の安全率と似たような考え方ですよね。

ご参考:
零戦を設計した堀越次郎さんの本に書いてあった、主翼の外板の安全率の考え方が面白かったのを思い出しました。

軍部から出された零戦の要求性能を満たすためには、とにかく軽い機体にしなければならなくて、主翼の外板を薄く、低い安全率にしたかったのだけど、そうすると高負荷をかけた飛行の際に、引張り方向には耐えるけど、圧縮方向では表面にシワが寄ってしまう。
一般的に材料は圧縮に弱いですから。

でも、圧縮が収まれば、再度ピンと張るから良いじゃないか、と。
もちろんそこで喧々諤々の議論となるのだけど、結局はそのアイデアが実現して、零戦は当時としては驚異的な性能を手に入れたわけです。