今がチャンスだ!きっとそうだ!

環境とかエネルギーとか
コンピューターテクノロジーとか
そんなことで世の中が変わっていくのは
現状では既定路線の様相。

こういう要素のほとんどは
自分の「外」の問題なので
自分の立ち位置としては
受け取る側・受け身に回りがちです。

多くのものや情報を受け取る側
ってことですね。

さて
人は自分が欲しい感情があって
それを手に入れるために行動します。

一見、理屈で動いているようでも
それによって得られる感情がゴールだったりします。

いくら理屈で分かっていても
できなかったり、やらなかったりしますものね。

徐々に受け身ばかりの生活に慣れていくると
当然我々の意識も受け身に変わっていきます。

自ら発するより受け取る方が楽ですからね。
なので、その方向に流れがちになります。

自ら創り出すものより
受け取るものの比率が増えていって
それが行動の中心になってくると
どれだけもらえるか
どれだけ持っているか
そんなことにフォーカスしていくようになるでしょう。

となると、得られないことや失うことを恐れて
それが行動の判断基準になりそうです。

行動原理は恐怖で
それから逃れる行動を取り
得たい感情は「安心」となる。

というか、すでに結構前から
そうなりつつあるのは感じていました。

本当に欲しいものを得るために
リスクを取れなくてチャレンジできない

なので、権威から発信された情報に
疑問を持たずに従う傾向になる。

そもそもものごとに疑問を持つ
という機会すら激減している気もします。

こういう傾向は心配ではありますが
ウダウダ憂うのがこの記事の目的ではありません。
心配ばかりしていても、ものごとは良い方向には行きませんから
どうすれば良いかが問題なのです。

多くがチャレンジできないということは
チャレンジする者にとってはチャンスが多いということです。

もちろん、どういうリスクを取って何を得たいのか
という話になります。

チャレンジには困難が伴うのは当然なのですが
困難に向き合うと、その分成長するよ
というところがポイント。

というわけで、やっと最近言いたかったことがまとまりつつあります。

便利な社会の恩恵を受けて
受け身になるのか

はたまたチャレンジして
己の価値を高めるのか

我々は大きな分岐点に差し掛かっているのだと思います。

であれば、決断と行動は早い方が良いですね。
時が経つほどその違いは大きくなっていきますから。

迷って考え込んで
中途半端なことをしている場合ではないのです。

コロナ禍で多くの動きが止まっている反面
それを補うビジネスが動くなど
実は世の中は大きく動いて変化しています。

見方によっては、世の中がこんなに変化するのは
とてもレアなことで
ひょっとすると今は歴史的に見ても
大きな変化点に差し掛かっているのかもしれません。
そういうのって、その時が過ぎて
歴史になってから判断されるものですが
そうなってからでは何も手を打てません。

であれば、我々は一日も早く動くべきです。
毎日がチャンスなのですから。

うまく行くには利他的な考え方必要 しかも絶対!

夢工房の学生達は
デッカイ夢を追いかけて頑張っていますが
どうやって活動しているかというと
そのリソースは他人からの支援です。

別に授業ではないので
学生に指示してやらせたり
お願いしてやってもらう筋合いではありません。

頑張ってやってみたい連中が
企画を立てて
支援の依頼をして
活動が成り立っています。

もちろん企画書から
何かしらのメリットが感じられなければ
誰も支援はしないでしょう。

なので、自分のやりたいことをやるには
他に対して何かしらの価値を提供する必要があります。

別に学生がマシンに企業のステッカーを貼ったところで
大きな売り上げが見込めるわけではないでしょうから
学生達がつくる未来への投資をしてくれているのだ
と解釈しています。

もちろんそれは、学生自身が希望の会社に就職して
良い給料もらうとか
そういう利己的なことではなく
社会の役に立って欲しい
そういう願いです。

ここまでは
学生達とスポンサーとか
その程度の大きさの関係なのですが
その二者の関係でグルグルしていても
それは活動が成立する最低限の大きさです。

もし学生が、本気で上を目指しているなら
どうすべきか?

その二者の最低限のループから脱出する必要があると思っています。

例えば
スポンサーに支援してもらって恩を感じているなら
日頃から他の役に立つように積極的に行動するとか
そういうプラスアルファができているのか
というのがポイントではないでしょうか。
もちろんスポンサー以外にも喜んでもらうような
行動ができるということです。

というのも
自分がやるべきことに集中するのは結構ですが
実は、それだけやっていても最低限なのです。

多くが応援したくなるように
他のためになる行動を取りながら
なすべきことを頑張る
そういう心掛けがないと
たぶんうまく行かないんじゃないかな
と思っています。

こういうことを言っちゃうと
単にやることのボリュームが増大しているだけ
という感じがしますけど
そう思ってしまうのは
マインドが「やらされる人」になっているからです。

もしそうなっているとしたら
他のためになることをやると言っても
利己的なやり方になっちゃって
果たして相手のためになるのかどうか疑わしいところ
となってしまいますけどね。

そもそも、いくらやりたいことをやっている
とは言っても「やらされる人」のマインドであれば
「できれば最低限にしたい」という気持ちが自動発動してしまって
常に必要最低限を狙うことになります。
恐らく本人も気付かないうちに。

もちろん活動内容も
「勝つ!」とか口で言っていながら
やることは最低限のところを狙っていたりします。

そもそも、十分に経験が無い学生がやることですから
成果は常に狙ったところよりも下になります。

なので、「やらされる人」のマインドでは
スタートした瞬間に負けが確定しているのです。

これ、学生の活動だけでなく
就活などでも同様ですけどね。
自然と「最低限何をしなきゃいけないんだ?」
なんて考えますからね。

どうせやるなら
色々な人に喜んでももらって
それを自分達の原動力に変換しながら最大限に頑張る
というようにやっていくのが理想なのではないかな。

夢工房の学生達は
活動をしていくと
色々気付いて変わってきます。

特にこのコロナ禍の中での
マインドの成長具合は大したものです。

でも、この部屋に入ってくる時は
多くが利己的で最低限です。

でも、それは別に特別なことでは無く
多くが常識的に、かつ無意識にそういう価値観で動いています。
私だって学生の頃はそんなものでした。

今だって、そんなに偉そうなことは言えないのかもしれませんが
それではうまく行かないことは経験上分かっているので
それを黙っているってのはひどい話ですよね。
なので、学生と一緒に修行して成長するのですよ。

今回のネタ、うまくまとめられていないと思っていますので
継続的に考えていきますね。

はっきりしないけど

今の日本のやり方や価値観は
明治維新以降に西洋化を余儀なくされて導入したものが
ベースになっているのでしょう。

多くは、日本に合うようにモディファイされているのだと思いますが
その後も欧米のやり方を導入したり参考にしたりで今日に至る、と。

欧米のやり方を「正」として
日本古来のやり方は古くて間違っている
としているような感じもしなくもない。

西洋文化の導入の当初は
国難を避けるためだったり
国際社会でうまくやっていくために
協調して孤立を避ける必要があったり
そのような方法をとらざるを得なかった
という側面はあるのでしょう。

そういうのが専門ではないので
さほど詳しくはないのだけど
そんなところだと思います。

基本的に受け身でなし崩し的に
現在の状態になっているように感じます。
実際はそんなことはないのかもしれませんが
そう感じます。

今回のネタ
上記のような史実がどうの
という内容が大事なのではなくて

現状そうなっちゃっていることに対して
最適化を掛けないの?
と思ったり
変えるべきものと変えるべきでないものについての議論しないの?
と思ったり
国として、民族として向かうべき方向性とか
そういった話はあまり聞かないなぁ
というふうに疑問に思っている
ということを言ってみたかったのです。

別に全体主義的的にみんなでカッチリ同じように
みたいのを望んでいるわけではないんですけどね。

でも、そもそもゴールも決めずにバラバラにやってることを
「迷走している」と言うのではないでしょうか。

何でもかんでも
むやみに変えれば良いってものではない
のは分かっていますが
今のまま、バラバラやっていなきゃいけないような
変な同調圧力のようなものを感じることがあるのですよ。

やたら革命みたいの起こされても困っちゃうんですけど
そういことじゃなくて
もっとこう、明るい未来みたいのを夢見ちゃってもいいんじゃないの?
という感じなんですけどね。

今のままじゃ、なんか堅くて冷たくてつまんない感じがするなぁ、と。

本来の日本に合うように
とか
今の時勢に合うように
とか
オープンに色んなことが検討されたりしても良いんじゃないかな
と思うのです。
現状は、色んな人が色んなことを自由に考えて
試してみるチャンスがあるようには感じられないんですよね。
やっても良いのかもしれませんけど。

現在の状態は
国民としての特性なのか
何かしらの影響を受けているのか
よく分かりませんが
もうちょっと何とかなんないかな
と思うのです。

書いていて、まとまりが無いなぁと思うのですが
そもそも自分が感じていることがはっきりしていないので
はっきりまとめようがないのです。
でも気になるので書いちゃいました。
まぁ今後、暇を見て整理してみましょうかね。

こういうのって、まずはローカルで小さな単位で
色々未来について話をしてみる
ってのも良いのかもしれませんね。

そしたら何か面白い変化のきっかけくらいにはなるかもしれません。