一隅を照らす

事業を興して大成功するとか
後年に残る何かを残すとか
素晴らしい発見をするとか

そんなができれるといいのでしょうけど
そうでなくてもいいんですよ。

自分が頑張って世界が変わるようなことができるか?
できたらいいですけどね
そうでなくていいんですよ。

凄い事ができないから
大きい事ができないから
だからやらないのではなく

そんな中で
自分ができる事は何なのだろう
と考えて
その範囲で頑張ることは
とても大事なことです。

たとえ小さいことでも
頑張って続けていけば
凄い事になるかもしれません。

派手じゃなくても
大きくなくても
続けて頑張っていれば
きっと良いことがありますよ。
誰かにとってね。

それを信じて続けられるかってのが大事なんじゃないかと思います。

レーシングカーとか惑星探査機とか
そんなことをやっていると
ついつい派手な側面ばかりに目がいってしまって
地味なところを軽視しがちですが
実はそういうところこそが大事だったりするものです。

私なんかはエンジニアとして何を残せたかというと
大したことはないと思っています。
何か公的な記録に残ったわけでもないですし
時として少々派手な仕事もさせてもらえましたが
特に名前が残るわけでなし。

それでも全く不満はないどころか
結構充実していました。

でも、そんな過去が
今の仕事に繋がっているわけで
そういう経験が次代のエンジニア達のために
少しは役に立つかな
と思っています。

頑張ったところで本当に少しかもしれませんが
それでもやりますよ。

「だからやらない」

「でもやる」

ちょっとした違いのようですが
継続すれば大きな違いになります。

きっとそんなふうに思っている人も他にいるわけで
皆がそんなふうにやっていけば
小さな領域や隅っこの方でも良いので
皆がポツポツとあちこちを照らしていけば
未来が大きく変わるのではないかな。

そんなふうに思ってます。

最近の車は大変です

年の瀬は何をやっているかというと
頼まれもののハイエースの改修作業だったりします。

具体的には
サイドドアのオートクローザー追加
テールゲートの開閉電動化
車内へのFFヒーター設置
バックカメラ取り付け
という感じなのですが
いかんせん頼まれものなので
外観は綺麗に仕上げたいわけで
一番厄介なのは電線の処理ですね。

どこから電源を取るとか
見えないところを配索するとか。

そうなると内装剥がしまくりなのですが
車が大きいだけに
なかなか大変な作業だったりします。

この作業、車屋さんに頼んだら
やってくれなかったそうなのですが
うん。分かる。
これは大変だ。

でもまぁ、これはこれでかなり勉強になるのです。
ウチは曲がりなりにも自動車工学研究室ですからね。
量産車のお勉強です。

各種部品の取り付けや仕上げとか
(合わせ建て付けといいます)
部品そのものの形状や素材とか
自動車技術は日進月歩ですから。

アフターマーケットの部品のクオリティや
機能なんかも大変参考になりますし。

前職では、自動車の各部位を
一通り色々やらせてもらいましたので
全体的にそれなりに理解はできるのですが
今回の改修作業で一番インパクトがあったのは
電装部品です。

とにかく回路数が凄まじく増大しています。
ワイヤーハーネス(電線)の総量は凄い事になっていますね。

現役で設計をやっているときは
場合によっては試作車1台分のワイヤーハーネスを
全て一人で作ったりした事もありましたが…
これは無理だなぁ。

ちなみに、その時の車は
モーターショーの出品車で
コンセプトカーでした。

ショーカーって、以外とシンプルな電装だったりするんですよ。
量産車みたいに余計なものは付いてませんから。
エアコンとかオーディオとかセキュリティとか要りませんし。

自動車の電装部品のサプライヤーに勤めている卒業生が
「最近じゃ銅のコストがエライことになってます」
と言っていましたが
うん、それは分かる。

世の中何でも電動化するのも結構ですが
電線作るにも資源やエネルギーが要るのですよ。

あと、作業をしていて思ったのは
やたらと制御が増えている関係上
何かすると初期化とか設定とかが必要になったりして
なかなか大変です。

個人的にはシンプルな車が好きなんです。
アシストなし、制御なしで
自分でどこでも手を入れられるような。

イギリスのバックヤードビルダーが組むような
スーパーセブンとかジネッタとか。
知ってますか?

そういう車、もう現れないでしょうね。

コケないことが大事なのではない

当たり前のことですが
失敗は必要で
苦労は必要で
困難は必要です。

達成したいゴールに向かう過程で
これらを経験するわけですが
その経験は必ず役に立つのです。

もちろん
失敗するために行動する
なんてことは無いわけで
成功するために行動する過程で
色々経験する事が役に立つ
ということです。

これらを避けるために勉強してたりするのは
とても残念な事です。

うまくいっても最低限の経験になってしまうし
そもそも最低限を目指して頑張ったところで
その通りに行かないことなんて往々にしてあるわけで
そうなったら最低限以下確定です。

「失敗しないために頑張る」なんていうのは
実に難しい事なのですよ。

学校の中ならそうでもないかな。
良く分からないけど。

「失敗」と「失敗ではない」のボーダーラインが
明確になっていれば良いのですが
世の中そうで無い事も多いわけです。

その「見えないボーダーライン」を目指して
低いレベルから頑張ったとしましょう。
あとどれくらい頑張るとボーダーラインに達するか
そんなことは分からない状態で頑張るわけです。

対象までの距離感が分からないのに
どうしたらいいかなんて
なかなか分からないでしょう。

対して
ボーダーラインでは無く
デッカイ夢に向かってやっていると
着地点は明確なわけで
あと何をどれくらいやれば良いのかが
分かりやすいのですね。

一見、支離滅裂気味のお話しでしたが
実は、こういうのはバイクに乗ってたりすると
気付きやすいのではないかなぁ
なんて思ってたりします。
別にバイクじゃなくてもいいのですが。

タイヤが2コしかないバイクは不安定です。
当然、転びたくないわけですが
どこまで何をやったら転ぶのかは
転んでみないと分かりません。

どこまでやったら転ぶのかが分からない人は
「分からない」という恐怖感を持ちながら運転してたりするわけで
そういう状態だと、他に気が回らなくて
ますます危ない状況になったりすることもあります。

転倒する事をお勧めするわけではありませんが
転んだ経験によって
何をやったら何が起きるかとか
限界とかが分かるわけで
まんざらマイナスばかりでは無いどころか
貴重な経験だったりするわけです。

何事もリスクの裏側には
結構大事な事が隠れていたりするものです。

それに気付けなかったり
経験を活かせなかったり
そうなってしまったら残念なことです。