結局プラスマイナスゼロという考え方

昔から持ってるポリシーというか法則というか
考え方があります。
今でも覚えてます。
あれは小学校4年生のとき、下校の途中で思ったんです。
単線の私鉄を跨ぐオーバーパスが建設中で
その横をテクテク歩いていた時にふと思ったことが始まりです。
あ、そんな細かいことはどうでもいいですね。
とにかく聞いてください。

人生色んな出来事がありますね。

良いことがあったり
悪いことがあったり

良いことをしたり
ダメなことをしたり

楽だったり
キツかったり

時としてそれは
自分が測れる尺度の出来事だったり
全くわけが分からなかったりします。

でも
色んなことをトータルすると
最終的にはプラスマイナスゼロになるんじゃないか

例えば
何かで失敗したら
その後、いつになるか分からないけど
きっとそれに見合った何かが得られる
とかね。

その何かは
昔から持っていた物差しじゃ測れないようなことかもしれないし
昔から持っていた ものの見方じゃ見えないようなことかもしれない。

「失敗したら
その後は良いことが起きる」
ということではなく

失敗したということは
その立場を理解したわけだし
その原因を知ったりできているのだから
次はそれを利用して役に立つ何かができるはずだ
という考え方です。

こんなふうに考えると
大して辛い気持ちにもならないし
損したわけではなく
むしろ得したことになるんですよ。

なので、もし
「今までの経験の中で、一番辛かったことは?」
と聞かれると困っちゃいます。

それほどネガティブな経験をしてきたなんて思ってないから
そもそも辛いことが記憶に残らないんですよね。

子供の頃は、結構ろくでもない家庭環境だったもんで
色々と嫌なことも多かったはずなんですが
あまり具体的に覚えていません。

こんなふうに考えて行動しちゃうもんで
「懲りないヤツ」
と言われそうなことをやることもありますね。
でも
頑張り続けるってそういうことなんじゃないかな。

あれ?
これは記憶力の問題なのか?
まぁいいか(笑)

やることなすことうまくいかない人っていますよね。
実際どうかは分からないけど、そう見える人だったり
そういうことを言う人いますよね。

そういう人って
うまくいかなかった結果をマイナスなものって決めてしまって
有効利用できるリソースとして考えてないんじゃないかな。

なんかもったいないなー。
と思う反面
それを理由にチャレンジしないってことになったりするなら
「リスクを回避したい」とか「楽したい」という欲求は
ある程度満たされているんじゃないだろうか。

だったら、それはその時点でプラスマイナスゼロだよね。
その上で、さらに何か良いことが起きないかな
とか考えてるとしたら
それはアンバランスな欲求でしょう。

そんなこと言ったら失礼かな。

とにかく
人生で起きる色々なこと
最終的にプラスマイナスゼロになるとしたら
どう考えて何をどうやるのが良いんでしょうね。

何にせよ、後悔しないやり方が良いよね。

壁を叩き続けるということ

分からない
とか
できない
とか
色んな理由で色んな壁にぶつかることがあります。

自分の内的な壁だったり
外部にある壁だったり
様々でしょう。

その壁を何とか超えたい
壊したい

壁を叩き壊すために頑張り続けろ
諦めそうになった時は
この一撃で壁を壊せるかもしれない
と思って頑張り続けるのだ

みたいな名言をどこかで見ました。
誰が言ったかも正確なところも分かりませんが。

壁に立ち向かうことを避けてしまうこともあるでしょう。

色んな理由があると思います。
そもそも壁を越えることで成長できると思っていないとか
壁に立ち向かうことに恐怖心を持っているとか
反射的に避けてしまうこともあるでしょう。

壁を壊す方法は一つではないので
色々工夫してみるのが良いですね。
同じ方法で繰り返しても
同じ結果しか出ないこともありますのでね。

でっかいパワーでぶつかったり
勢いでぶつかったり

お?物理法則の運動方程式
F=maで解決なのか?

そんなことを繰り返していると
知識とか経験とか勇気が身に付いてくるでしょう。

そうやってジタバタしているのを
きっと誰かがニヤニヤしながら見ています。
で、そのうちチャンスをくれるかもしれませんね。

もちろん誰も見ていないこともありますけど
ジタバタした経験は
きっと後に役に立ちますよ。
いつ、どのように役に立てるかは自由です。
思いがけない時に無意識に役立つこともありますね。

そもそも
壁を叩き続けることができている時点で
頑張れるヤツに変貌しているのですけどね。

パッションだよ!

知識はツールなのだから
それだけあっても意味は無くて
何のためにそれを使うのか
というゴールこそが大事なのです。

という話をして思ったのですが
学校は、もったいないことをしていますね。

というのも
仕事で成果をあげるために
根底にある重要なものは
パッションなのですよ。

知識やら何やらって、ゴールを達成するための道具で
それを動かすのはパッションです。

パッションはゴールに向かう力です。
心の力ですよね。

で、もちろん学校には色んなキャラクターがいます。
荒っぽく分類すると

勉強できるヤツ
勉強できないヤツ

それと

パッションあるヤツ
そうでもないヤツ

って感じだと思います。
それらの組み合わせで4種類ですが
分かりやすい2つのケースで話しましょう。

勉強できてパッションあれば
彼らの学生生活には何も問題無いでしょう。
たぶん。

でも、パッションあるけど勉強できない場合はどうでしょう。
恐らく彼らの持っている夢は、心の奥深くに埋められてしまいます。

だって、まず
「勉強できないと~なんかできるはずない」
とくるわけですから
彼らはほとんど門前払い状態です。

その状態で
勉強しろとか留年するなとか
無理言うなよ
って感じです。

反骨精神は…
そんなの無理ですって。
学生の彼らにとって
大学の先生の発言の持つ信憑性は巨大です。

そんなのをぶち破れたら
学者が「機械が空を飛ぶなんて理論上ありえない」
と言ったのに空を飛んだライト兄弟みたいなもんです。

そうそう
偉人伝読むと
小学校退学のエジソンとか
そんな話ばっかりなので
みんな読んでみると良いよ!
と思ってるんですが、多くは聞いてくれません(笑)
まぁいいや。

実社会では色々な人が必要とされるので
本当であれば
「キミのキャラクターで、そういうゴールを設定したいのであれば
こういう戦い方があるぜ!」
と視野を広げてあげられれば良いと思うのです。

そうしたら
本来は大きなパワーを持っているのだから
動き出したら止まりませんよ。
必要だと分かれば勉強だってやりますって。

でもねぇ
大学の先生って
皆さん忙しいんですよ。

恐らく
そんなこと分かってるんだけど手が回らない
って人が多いのだと思います。
もちろん頑張ってる方もいます。

それにね
学校に限った話ではないけど
「そんなの無理だ」
って言う人、結構多いんですよ。

そんなこと言って面白いのかな?
気持ち良いんだろうか?
何か良いことあるの?

ま、というわけで
夢工房なわけですよ。

言いたい人には言わせておけ。
我々は立ち止まらずに進もう!