オンラインったって、人対人

オンライン授業だと
対面授業と何が違うのでしょう?

聞いて、覚える
聞いて、やる

結局、あまり変わりが無いようですが
実は結構違います。

コンサートで音楽を聴くのと
メディア経由で聴くのが違うように

講演を実際に聞きに行くのと
YouTubeの動画を観るのが違うように

授業も結構違います。

視覚化された知識の伝授
というように
ドライに捉えてしまえばそれまでですが
対面だと聞いている方も
意外とリアクションしているのですよね。

人と人が直接対面するやりとりの場合
相手のリアクションによって内容が変わります。

コンサートだって講演会だって
同じではないでしょうか。
聴衆のリアクションは重要ですよね。

冷めた無反応な聴衆に向けて
気持ちよく熱演できるアーチストはいないでしょう。

授業だって、相手の顔が見えないとか
相手が無反応であれば
必要最低限の内容で済ませてしまいますが
相手の反応があれば
その反応なりの進行ができます。
相手の興味に合わせるとか。

授業だろうと会議だろうと同じだと思いますが
オンラインの場合
相手のリアクションがあると
話者のやる気が起きるのは当然で
それによって結果が違ってくるはずです。
頷くだけでも違ってきます。

もっとも
伝えるべきことを正確に伝える
ということに重きを置いている人もいるはずで
そんなことは全く気にしない人もいるかもしれませんが。

まぁ、いずれにせよ
色々なものがオンライン化している中で
人相互の関係を良好に保つための
努力や工夫をするに越したことはないですよね。
結局、人間は一人じゃ何もできないのですから。

コロナ禍をきっかけに
そういうところに意識を向けて
色々試してみるのも面白いのではないかと思うのです。

大学の場合は
卒業したら社会に出て働くわけですから
人対人の部分をもっと大事にしないと
せっかく身に付けたものが使えませんものね。

何のために 2

大学で何のために
どんな風に学んでいるかというと
今も昔も多くは
ぶっちゃけ
単位を取得して卒業するためでしょう。
そのために我慢してる。

まぁ、それで卒業後は何とかなる
と思っているのだろうけど
そんなことはないのは
社会人の皆さんならご承知の通り。

まぁ、「何とかなる」ってどういうことだ?
ってのもありますけどね。

で、やはり思うのだけど
単位を取るために勉強する
というやり方がダメなんじゃないか、と。

だってね
単位が欲しい者は
何が欲しいかといったら
「単位」という数値ですよ。
本来、単位はその学問(知識)を修めた
という証拠みたいなものでしょう?
でも、欲しいのは知識本体じゃなくて数値なんですね。

別にその学問が特別好きじゃなくても
我慢して覚えたりして
その結果もらえる数値が欲しい。

「オレは違う!」
というキミは偉い。

で、数値としての単位を取るために勉強した人間が
卒業して社会に出たら
何のために仕事するのでしょう?

お金のためですよね。

価値を数値化したお金のために仕事します。
好きじゃない仕事でも我慢して
数値を得るために仕事します。

我慢しているのだから
発揮できるパフォーマンスにも
自ずと限界が来る。

で、言われたことを我慢してやる日々が続く。
得られる給料は、言ってみれば「我慢代」です。

我々は、みんな消費者なので
ちょっと考えれば分かりそうなものですが
ある商品を作るのに
嫌々お金のためにやっている人の姿が
透けて見える会社の製品を買いたいと思いますか?

「いや~、本当はこんなことやりたくないんだけど
金のために仕方なくやってんですよ~」

もっと露骨な表現をすると

「カネ下さいよ~」

といってる人に気持ちよく払えますか?
って話なんですが。

そんなのきれい事ですか?
そうかもしれませんが
対比すると良く分かるかもしれません。

例えば、技術を夢中で追求して
とにかく面白い製品を作りたい
とか。
そういうバックグラウンドとか
ヒストリーは
良く企業の宣伝に使われるでしょう?
そこに価値があるからです。

職人さんなんかだと分かりやすいんですが

「金とか理屈以前に
プロとして納得いく仕事をしたいんだ!」

って人がいます。
最近減ってるのかもしれませんけど
確実にいます。

そういう相手には気持ちよく代金を払いたくなるでしょう?
もちろん、そういう姿勢で仕事している人
大抵腕が良いですよ。

何でかというと
好きでやってるからです。

話を戻します。

なので、大学だって
好きなことを夢中でできるようなやり方ができると良いな
と思うのです。
そうしたら学生達のパフォーマンスは凄く伸びると思います。

嫌いなことを我慢してやることに価値があるんだ
みたいのは、ちょっと違うのではないかな。
そんなの、外部から見たら価値無いですよ。

失敗したり壁にぶつかったら逃げるってのとは
話が違うので誤解無きよう。

人生もやはりグルグル

学生諸君には
いつも元気でやって欲しい!

ですが、学生だろうが何だろうが
メンタルの状態が低下してしまうことはあります。

いつもバリバリで
アゲアゲな人は…
普通じゃないですね。
病気が、変な薬やってるか、宇宙人でしょう。

皆さんご存じのように
大抵は定期的に
というか周期的に
上がったり下がったりします。

人間だって生き物ですからね。
自然に同期するサイクルで生きてます。

もちろん、毎日上下していますし
年単位の大きなうねりもあります。

この上下は
いつも同じように変化するのではなく
時として大きく上がったり下がったり
そんなこともあります。

自分で気付かないような変動もあるけど
時として、どうしようもないくらい
調子が悪くなることもあります。

天中殺とか
厄年とか言うじゃないですか。

アレがそうです。

人間の持つリズムというか
サイクルを可視化したものですね。
バイオリズムとか算命学とか
色々ありますが
そもそもは統計から組んだデータベースだ
と、私はそう思っています。

そういうのをオカルトっぽいと拒絶する人もいますが
そう思いたければ思えば良いし
自分の生活に利用できそうならすれば良い。
そんなの自由ですから。

面白いもので、大きく調子が悪くなる時に対しては
固有の呼び名がありますけど
調子が良い時の呼び名はないですね。

まぁ、調子が良い時は放っておいても特に問題ありませんが
調子が悪い時は、それこそ死にたくなるほど調子悪くなって
何もかもがうまく行かない時がありますからね。
深刻な方を重視しているのでしょう。
色んな説がありますけどね。

さてさて、その深刻な落ち込みに
はまってしまった時にどうするか
これは問題です。

問題なのですが
実は答えは簡単で

「そのうち上がるから大丈夫」

なのです。

下がるだけ下がってしまったら
これはサイクルなのだから
いつかは必ず上がる。

でも、その渦中にいる本人は
そうは思えないかもしれません。
そんなもんです。

ただ、「もうダメなんだ」と思ってしまって
その思いに捕らわれてしまうと
マズイ方向に行くかもしれません。
自己暗示が掛かっちゃうこともあるでしょうね。

そうそう
なので、調子悪くなってしまった時は
「今はそういう時期なんだ」
と思って、その後に上昇する時のために
準備をすると良いでしょう。
どうせ無理に上向きにしようったって
無理な時は無理です。

ちなみに、絶好調の時はどうしましょう?

ぐんぐん上がり始めたら
イケイケで行っちゃっても良いのかもしれませんが
その後は必ず停滞して
その後は低下します。
これも自然の摂理なので逃れられない。

けど、行けるところまで行っておかないと
自分のベースのポテンシャルが上がりません。
つまり成長できない。
なので、そんな時は頑張りましょう。

ただ、上がりはじめにさしかかっていることを
自分でも気付かないことが多いので
このチャンスを逃してしまうことも多いですね。
イケイケの時期なのに
今まで通り普通に過ごしてしまうとか。

なのでやはり
こういうサイクルを理解しておくことは
大変重要なのだと思っているのです。