オーストラリアへ向けて

今日、夢工房のFormula SAEチームがレーシングカーを発送しました。
送り先はオーストラリア。
2年ぶりの出場です。

振り返ってみれば…やはりコロナ禍の影響からの再起動には苦労しましたね。
学生達は十分な継承が無い中でなんとか形にしたわけで、さぞ大変だったでしょう。
でも、本当に大変なのはこれからなのですけどね。

ただ、今後の困難は、やったことが報われていく改善を伴う困難です。
従来の「やらされる」環境下で得た価値観から、自ら変化していくフェーズがやっと始まります。
面白くなってくるのはこれからです。

まずは彼らがオーストラリアで戦い、何を思い、何を得るのか。
再起動の本番はそこから始まるのかもしれません。

ポジティブ思考でいこう

人生色々あるのだけど、気を付けなきゃな、と思うことがあります。
一つは

できるだけネガティブな言葉を使わないこと

言葉と思いは直結してます。
悪い意味で使っているつもりは無くても、ネガティブな言葉を使っていると、それは確実に心に影響を及ぼします。
無意識や深層心理を甘く見てはいけません。

とはいえ、必要以上にお上品にとする必要は無いと思いますが。

そして、ポジティブ思考であること。
これは基本中の基本です。

ですが、ポジティブ思考の構造というか、どう考えることを言うのかを、真面目に考える機会って少ないのではないでしょうか。

なんでもかんでもポジティブにとらえる

まぁ、それでも良いのですけど、それ、無理があるでしょう。

例えば
失敗した
とか
怒られた
とか
何でも良いのですけど、それに対して単純にポジティブにとらえるのは無理でしょう。
まして、それを継続するなんて不可能です。
まぁ、なかにはそういったことに直接的な喜びを感じる人もいるでしょうけど、それはレアケース。

失敗とか怒られるとか、そういうことには必ず原因があります。
大抵は、自らの行動です。

そして、失敗とか怒られる、という結果が起きた。

ここで、原因と結果のセットが経験として手に入ったわけです。
それはきっと未来において役に立つ。

良かったじゃん!

ということです。

ここで「良かった」ということになれば、その経験は次のチャレンジに、材料ほ一つとして活かすことができます。
そういうことです。

でも、出来事に対してネガティブな捉え方をしてしまうと、それについては考えたくなかったりするし、ましてその経験の再利用はできません。
なので、時として似たような事が起きたり、全くチャレンジできなくなったりします。

ロジックとしては

  • チャレンジする
  • 何か起きる
  • ほー、なるほど
  • じゃ、次はこうしよう

と、こんな感じで、OKでしょう。
きっと良いこと起きますよ。
簡単ですね。

ストイックという戦略

我々の持っているリソースには限りがあります。
時間とか、体力や気力、お金なんかもそうですね。
時間なんかはどうしようもない。絶対増えない。
能力的なものは、鍛えれば少しずつ増えるのだけど、それにも限界がある。
まぁつまり、全て限界があると考えるのが良いでしょう。

で、それらリソースをどう使うか。
それが問題です。
何にどれだけ力を入れるかってことです。

で、ですよ。
このリソースの配分について、どれだけ考えていますか?

もっとも、そのためには「何のために?」という目的があるべきなのです。
それがリソース配分の動機になりますから。

何のために、どうするの?
ということです。

「何のために?」は目的、ゴールです。

将来どうなりたいの?
その望む世界で、どのような価値を持つ存在になりたいの?
ということです。

「どうするの?」は手段です。

知識やらスキル、学校での学びは手段です。
それは目的のためにチョイスされるべきものです。
それらは、言ってみれば道具みたいなものですね。

で、その道具みたいな「手段」ですが、何を手に入れて、どう使うのかは、目的によって決まります。

とまぁ、そこまでは誰しも考えて行動していると思うのですけど、それを戦略的にやろうというのはあまり無いかもしれません。

だって学校は、課されたものをまんべんなくこなす必要があるから。
好きなものに対して、ある程度は執着できますが、その他を犠牲にするほどのやり方は許されません。
留年しちゃいますものね。

しかし、それをストイックに追及できたら、普通じゃない強みを持てる可能性はあります。
まぁ、これは良くある話ですよね。
いわゆる得意科目とか、特技とかです。

他には、「単品」ではなく、特定の組み合わせを強みとするという戦略もあります。
何も特定の何かに特に秀でていなくても、普通じゃ持てないような組み合わせで強みを発揮するってことです。
それに対して、ストイックに追求するのもアリでしょう。

いずれにしても、それらが目的に向かって駆動されていることが重要です。
何のために、どうするの?
が明確になるように。
もちろん自分の意思でね。

これ、言ってみればチャレンジですね。
そして、そこで得られる気付きこそが学びになるのだと思います。

ストイックに何かに取り組むのは大事なことです。
その結果がどうあれ、その経験は決して無駄になることはありません。