困難の中に価値がある…とはいうものの

このブログには何度も「困難の中に価値がある」というような事を書いています。

ですが、やらされる中での困難はキツイです。
そんな経験ばかりだと、やる事自体が嫌になりかねません。
というか、なる。

なので、やりたいことをやるべき。
その中で遭遇する困難なら何とかしたくなるでしょうし、むしろ進んで困難に遭遇して克服したりもするでしょう。
その時の成長度合いは、やらされているときの比ではありません。

でも、やらされる中での困難も長い目で見れば役に立つときが来ます。
なので決して無駄にはならないとは思います。

とはいうののの、やらされる中での成長は最低限になりがちです。
対して、やはりやりたいことをやった方がパフォーマンスの伸びも大きいですし、何より楽しい。

問題は「やりたいことがあるのか」ですかね。

それが明確にあるなら、それをやれば良いのです。
アウトプットしたりしながら継続していけば、時として力になってくれる人が現れたり、チャンスを掴んだりします。
うまくいくまでやめなければ大抵はなんとかなりますし、仮にどうにもならなくても、かなり良い線行きますし、とても価値がある経験を得られます。

そうで無く、「やりたいことが無い」と思ってしまう場合、大抵は過去の環境の影響によるリミッターが効いている場合が多い。
「そんなことできるだろうか?」
「うまくいくだろうか?」
「怒られないだろうか?」
果ては
「儲かるだろうか?」
などが引っかかっていませんか?
それ、過去の経験によるものですよね。

そんなことを考えて、結局はチャレンジせずに無難な選択に至るのだろうけど、それを否定するつもりはありません。
無難な選択をすると、本当に無難な結果が得られるのかというのは疑問ですが。
でも、皆がリスクを取る必要は無いですからね。

やったことがなければ、できない可能性はあるし
最初からうまくいかないのは当たり前だし
ヘマしたら怒られるかもしれないし
儲かるかどうかなんて全く保証は無い

なので、無難な選択をしたければ、そうすれば良いでしょう。

ただし、「本当はやりたいんだけどな」というなら話は別です。
チャレンジできるのは、「やりたい」と思っている今だけです。
そして時が経つと過ぎ去ってしまいます。
タチの悪いことに、そういうことを繰り返していると習慣になって、やりたいことにチャレンジしないのがデフォルトになります。

なので、やりたいことをやるべきなのだ!それは今だ!
というお話しでした。

我々がやるべきこと

いやぁ、この絵、一見良さそうだけど、陰がおかしいですね。
なんでそうなっちゃうんだい、ChatGPT君。

さて、では本題。

やりたいことをやるのは大事なのですけどね。
自分が満足するのも良いですが、それだけじゃまだ小さいのです。

どうせなら誰かに喜んでもらいましょう。
それが「価値」ってもんです。

それが広範囲に、かつ長期になればなるほど、価値は大きいってことになります。

と、ここが本質的なところかな。

で、何をやりましょうか?

そうだなぁ、やっぱりワクワクすることかな。

「ワクワク」って何でしょう。

「安心」ではないですね。
それよりも上だ。

楽しそうだし、ちょっぴり驚きとか喜びとか、そんな感情が入っていそうかな。
そういうのを待ってる感じ。

「何が起きるかお楽しみ~」
のような。

個人的には、より驚きに近いのが好みです。
そういうのを毎日仕掛けていきたいですね。
日々、「おぉ、すげぇ!」があったら楽しいでしょう?

そんなのを「もらう」ではなく「つくる」のです。
その方がきっと楽しいですよ。

今日は夢工房の忘年会でした。
写真には写りきっていませんが、1期のメンバーをはじめ結構な人数が集まりました。
皆それぞれの業界で大きな価値を生み出しているようで、良かった良かった。

忘年会終了後は、大掃除が済んで片付けが終わっていない夢工房に戻って、色々と語らいながら片付けを再開するのでした。

こうすればうまくいく 13

突然ですが
苦労って何でしょう。

少なくともポジティブな感じでは無いですね。
「苦」って付いてますものね。
やらずに済むならやりたくないことをやること?

辞書にはこうあります。

【苦労】
(物事がうまくゆくように)あれこれと体や気を使うこと。

ですって。
意外とポジティブですね。
でも語源は「苦しんで疲れること」だそうです。辛そうです。

ともかく、労力を使うことのようですね。
それに対してどう感じるかは、その人の受け止め方次第ですよね。

だったら、他人が「苦」と思っていることに対して、自分も同様の価値観で判断する必要は無い。
全く無い。

同調圧力というのでしょうか。
誰かが「苦」と思っていることに対して、同様の評価をしないといけない…と思っているでしょう。でしょう?

他人の価値観に準じている

それがうまくいかない原因ですよ。

だってね、成長するって変化することですよ。
変化しなくて済むようなことをやっていたら成長するわけないじゃないですよね。
変化しないなら、何も新しいことは起きません。当然です。

いちいち他人から共感されないといけないという制限のもとに行動していたら、変わったことはできません。
変わったことでなければアドバンテージも価値もありません。
何より面白くありません。

これは分かりやすい説明ができますよ。
今手元にあるいわゆる「良いもの」。その多くは、世に登場したときに
「えぇ~?」
と迎えられたものが多いと思います。
最初から肯定的に受け入れられるとは限らない。

それらは、新しいアイデアでマーケットにチャレンジしているのです。

そういったものは、一部のアーリーアダプターと呼ばれる人達からは歓迎される反面、多くからは懐疑的な目で見られるとか拒絶されるってことになりがち。
そんなリスクを払っています。

逆に、そういうリスクが少なく、誰もが必要とするのは日用品とか生活必需品。
そういうものに関わるなら、インパクトよりもむしろ安定が重要になるでしょう。
とはいえ、そういったものでもインパクトのある新製品はありえますし、関わる人達は、より高い付加価値を付与するために努力と工夫をするのが常です。

結局のところ、うまくいくとかいかないとかは、自分の価値観がどこに向いているのかと、それに対して「で、キミはどうすんの?」が決めるのです。