組織の力とコミュニケーション

組織の力は重要です。
個人の力では大したことはできないから。

今やYouTubeなど、個人の力で価値を発信する方法はありますけどね。
とはいえ、力があるユーチューバーは、色んな人が関わって動画を作っていたりするようです。
もっともYouTubeというプラットフォーム自体、凄い人数で回しているのでしょうけど。

一人でやるには限界があります。
色々な能力を持った人が集まって力を合わせれば、相応の結果が出せます。

人が集まってできた組織が発揮する力は個人の力の集合体です。
その個人が持つ力は様々です。
皆一緒では困ります。

その様々な力を、組織の目標に向けて揃える必要があります。

ベクトルの考え方を理解できる人なら分かると思いますが、様々な異なる方向に向いたベクトルを合わせても、大した大きさにはなりません。
むしろ小さくなってしまうこともある。

なので、様々な力を持つ人達のベクトルが揃っている必要があります。

いわゆるイエスマンである必要があるということではありません。
ゴールを共有する必要があるということです。

そして、そのゴール到達のために、各人がどれだけ貢献できるかということが重要なのです。
各人がどれだけ力を発揮して、それぞれのベクトルをどれだけ強固に結合できるか。

しかしゴールのイメージやビジョン、その価値や優先度など、それらは黙っていては伝わりません。
一方的に言われたところで、その内容は理解できるかもしれませんが、価値を共有して同意するのは簡単ではありません。

独裁の権威主義国家などはその点有利です。
上からの命令に従わなければひどいことになるので、従わざるを得ない。

科学技術で目立たなかった国が、戦争となると突然凄い兵器を作ったりするのはそういうことだと思っています。
優秀な親分が号令を掛ければ、驚くようなスピードで物事が進みます。

しかし、我が国は民主国家です。
民主国家では、親分が号令を掛けても従わないという選択肢があります。
(各種規則や法的にどうかは良く分かりませんが、実際にはあるでしょう)

なのでコミュニケーションが大事なのです。
意見や価値観を擦り合わせて、ベクトルを整える必要があります。
そうしないと組織力は発揮できない。

まぁ、権威主義だろうが民主主義だろうが、組織力がものを言うのは変わらないってことですね。

しかし、今や個人の利益追求が正義となってしまった個人主義の我が国においては、組織の力を最大化するのはとても難しくなっていると思います。

もし「そこそこ楽して食えればいいや」と思っているなら、結果として楽では無くなります。それによって誰も喜んでくれないなら、楽しくも無いでしょう。
本人は言われたことをやるばかりの奴隷状態になるでしょうし、上司は一々指示を精密に設計しなければならない高負荷状態に曝されて、誰もハッピーになりません。

対して、組織への貢献で組織力を最大化するために、自分の強みを活かしてチャレンジしていくなら、仕事は自己の価値を実感できる楽しいものになるでしょう。
最初はヘマをするでしょうけど、いずれ理想へと収束していきます。
この場合は、組織が自己実現の場となります。

現在、十分なコミュニケーションが取れているのか?
それは、何のためにどの程度のコミュニケーションが必要なのかによって決まるかな。
そう、「何のために?」つまりゴールのビジョンが明確になっていて、その価値の共有ができているか?その辺が重要なのでしょうね。

コミュニケーション能力向上のためにはどうしたら良いのか?

それは
ゴールの共有と、到達のための努力の経験を通して身に付けるしかない
そう思っています。
そのためのコミュニケーションからスタート、ということですかね。

コミュニケーションはコミュニケーションでしか身に付かず、その程度は題材による、といったところでしょうか。
どうしても達成したいゴールがあって、密なコミュニケーションが必須なシナリオが必要ですね。

ま、言うのは簡単なのですけどね。
日々修行です。

今年のエコランもてぎ大会

今日はエコランもてぎ大会でした。
50ccの手作りマシンやバイクで燃費を競う大会です。
もてぎ大会は言ってみれば関東大会というか、北日本大会といったところ。
他には鈴鹿大会、熊本大会があります。

さて、当チームはどうだったか。

結果は、手作りマシンによる大学生クラスはリタイヤ。
市販のバイクを改造した二輪車クラスはリッター当たり158kmで3位という結果でした。

現状では、大会出場経験の少ないメンバーでチームが構成されているので、成績が今ひとつなのは仕方ないのです。

3位じゃ悪くないじゃないかって?
1位以外は負けですよ。

現状において成績よりももっと重要なのは、勝てるチームの基礎作り。
自発性、自律性はもちろん、勝つためのメンタルやマインドです。
そういう意味では大いに収穫があったと言えます。

当チームは、基本的に学生の自主性に任せています。
なので、考えが甘かったり方向性がおかしかったりすると、それが成績に直結するのですが…

実はそこで大事な経験が積めるのです。

まず、何を考えて何をやると、どういう結果が得られるのか。
そのワンセットを経験するのが大事。
つまり現状把握です。

彼らが望むゴールとのギャップを客観的に捉えらえて基準を作り、次に繋げる道筋づくりが今回の大会でした。

そのためには、現状に向き合う冷静さと、課題を克服するためのモチベーションの、一見矛盾しそうなものが必要です。

そういう意味では概ね成功したととらえています。
今後にご期待ください。

ミッションとタスク

君のミッションは何だ?
そのためのタスクは何だ?

そんなことを考えていますか?

つまり
何のために何してるの?
ということなのですけどね。

ふと思ったのですよ。
言われたことをやっても、そりゃ頭は使うだろうけど、ちょっと違うな、と。

何と違うかというと、例えば…

ゴールを設定して、到達のための自分のミッションは何だろう?
それを達成するためにはどうしたら良いのだろう?
というようなことを考えるのと
タスクをこなすために考えるのでは

同じ「考える」とはいってもずいぶん違うのですよ。

タスクをこなすような時の「考える」は、言ってみれば作業です。
テスト問題を解くなんてのも同じです。
確かに頭は使うのですが、より上位のものごとを考えるのとはだいぶ違う。

タスクをこなせるからといって、ミッションを構築したり、明確化したり、達成するためのことを考えられるかというと、そんなことはない。

ものごとの価値は、設定されたゴールはもちろん、ミッションの質とか内容によって決まるし、そのためのタスクによっても変わる。

でも、上位の概念やそのための思考がダメなら、下位のタスクは成立しません。

下位のタスクをしっかりやるのは大事だけど、それによってミッションやゴールが決まることは無い。

夢工房の活動なら分かりやすいので例に引きましょう。

レーシングカーを作る
とか
レースで勝つ

といったことをゴールに据えると
そのために自分はどうするべきだろうというミッションが決まります。
自分の担当パートはこうあるべきだ
とか
自分のチーム内での在り方はこうあるべきだ
とか。

この辺は創造的な考えで、上位の概念。

そしてもちろんそのためのタスクも決まります。
では、この部品はこういう内容で、こんなスケジュールで開発すべきだ
とか。

この辺りになると知識やスキルを動員した作業的な考えです。

学校の授業で学ぶのは作業的な考え方ですね。
上位の概念は先生が考えて決めているので、学生達はそこに触れるチャンスはありません。

なので、夢工房において最も苦労するのは自ら上位の概念を構築すること。
ここがしっかりしないと、下位の作業はうまくいかないのです。

でも、これまで20年くらい下位タスクをこなすためのトレーニングしかしていなかったのに、急に上位概念を構築する必要に迫られても難しいのですよね。

でも、だからこそ、やる価値があるのです。

そんなふうに一口に「考える」とは言っても色々あるんだよなぁ、と思うのでした。