正解が出ればオッケー…はオッケーじゃない

与えられた問題を解いて正解を出す

学校なら、そういう機会が多いでしょう。
というか、ほとんどそんなことばかり?

そんなこと”ばかり”やってるからダメなんじゃないの?
というお話しです。

もちろん、「問題を解く」というスキルは必要でしょう。
そのための知識も大事です。
だから全てを否定するつもりなんて毛頭ありません。

でもね
実社会に出て
「与えられた問題を解いて正解を出す」
によって価値を生成するような仕事って
ほとんど無いのですよ。

まして
それで完結する仕事は聞いたことがない
…と思うのだけど、どうだろう。

開発をはじめとする
ものづくりの仕事の中で
問題を解決するシーンは多いです。

けど、それは
「正解」に向けて問題を解くわけではない。

何と言ったら良いのか…
理想を実現するために
その時その時のベストを尽くす

と言ったら良いのか
そんな感じです。

そもそも「正解」なんて無いのです。

もし、そんなものがあったら
発展は、進歩は無いでしょう。

だって、正解よりも正解な正解って無いでしょう?
正解は正解です。

正解出た。
はいおしまい。
です。

ところが
世の中の「もの」には
終わりがありません。

素晴らしく高性能なクルマが登場して
「もうこれ以上はあり得ないだろう」
と思っても
翌年には、それを上回る性能を持つ新車が登場する。

そんなものです。

「正解」は未来ではない。
そこには未来は無い。

「正解」は過去であり
せいぜい現在だ。
過去に決められたものなのだから当然。

そこにはロマンも無ければ
未来も無い。

だって「正解」を含む理論は
道具であり材料なのだから当然。

でも
それを磨く人も必要なのだろうな
とは思います。

と、正解を出すのが苦手な人が
偉そうに言ってみました。

まぁ今や
「そんなもんAIにやらせとけ」
というご時世ですけどね。

じゃぁ何したら良いのでしょう?

理想を実現するために
その時その時のベストを尽くす

そんなてことを日頃からやってれば
将来効いてくるんじゃないかな
なんて思ってます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です