「人生100年時代」なんて言いますが

もしそうだとすれば、折り返し地点をちょっと過ぎたくらいな訳で、まだまだこれから
…なんて思っているわけではありません。
というお話しです。

人生100年なら、与えられた時間が長いから先人達より有意義な人生が送れる、なんてことは無いと思ってます。
満足のいっていない現状に加えて、いつ死んじゃうか分からないわけだし。

別に死にたいと思っているわけではないけど、いつまでも生きられるとも思っていません。

「まだまだ先は長いから、あとで何かやろう」
なんて思った瞬間に、きっとパッションが低下します。
基本的に怠け者なので、長く生きられると分かったら、きっと密度の高い充実した人生なんて送れないと思ってます。
夏休みの宿題状態になります。

時間が経って、心も体も衰えた時に何かやろうったって、そんなの無理なことは分かっています。
なので、今やらなければ終わりです。

そもそも長く生きること自体が、そんなに良いことだとも思えないのです。

人生40年だと思って、結果として大したことのない人生を送ってきて、まだまだやらなきゃいけないことが山ほどある気がしています。

今のこの調子で「人生100年だから」なんて、悠長なことを言っている場合ではないのです。

最大の問題は…

じゃぁ、どうすんだ!?
ということ。

悠長に考えてる場合じゃ無いんだって!
どうする?どうする!?

皆様におかれましては、健やかな人生をお送り下さいませ。

受け止めなければ前に進めない

言い訳をしたり、他のせいにしたり
そんなことをすれば、前に進まなくても済む。
でも、それは「自由」を手放すということ。

やらなくて済むことが自由ではない。

他のせいにするということは、自分のせいではないので
自分で決めなくて良い
つまり自分で決めることができないということだから。

言い訳や文句を言って「自分以外のせい」にしている限り大したことができない。

なので、腹を決めるのは大事。

「自分のせい」とか言っちゃうと、どうもネガティブな印象があるので、何か他の表現が無いものかとも思うけど。

自分でリスクを引き受けることもできずに、ものごとの達成はできない、自由は手に入らない。
逆に、腹を決めてリスクを取れば、必ず何かが手に入る。
それが何か?それはいつか?
そんなことは分からないけど、それを信じられないと難しくなる。

労力を払いたくない、リスクを取りたくない

それは効率の良い生き方を求めているのだろうけど
でも、それは非現実的ではないか?
ある意味夢の追求なのかもしれないけど、そんな都合の良い話はないので、ロジックが破綻している妄想の領域だと思う。

受け止めたり、受け入れたりってのは、勇気が要るもんです。

スタートは超重要

毎年授業で1年生に色々話す機会がありまして
まぁ、主に仕事の話とかなんですが。

で、授業後にレポートを出してもらうのです。
将来の夢とか目標とか
具体的な取り組みとかを書いてもらって。

これが結構楽しみなのです。
1年生は色んな夢を持ってますからね。

で、中には
「まずは基礎をしっかり学んで…」
とくる学生が一定数います。
少数ではありますが。

気持ちは分からなくもない

というのは大嘘で
その気持ちは全く分かりません。

私なら、そんなの我慢できないから。

だって、好きなことをやるために
そのための学校を選んできているのだから
そこでやりたいことがあるわけでしょう?
そういうの、すぐやらないと気が済まない。

大抵は、そういう状況で待ったを掛けられると
気持ちが萎えちゃうんじゃないかと思うのですが
どうなのでしょうか?

それに、スキルを伴うものは何でもそうだと思うのですが
いかに時間を費やすか
いかに回数を重ねるか
その辺がパフォーマンスを決めるはずなのです。

なので
「まずは基礎をしっかり学んで…」
とかやっちゃうと
一番美味しいところに掛けられる時間が
1年とか2年とか減ってしまって
非常にもったいないというか
残念な結果になるのではないでしょうか。

だって、基礎的なお勉強って
いわゆる形式知なわけですが
それで何かができるようになるわけではなくて
実践に伴う暗黙知がものを言うわけです。

仮に1年間基礎的な勉強”だけ”やるってことは
在学期間の25%は暗黙知を獲得できないわけですよ。

もしそれが2年とかってことになると
50%ですよ。

それに、やって分かることって
やればやるほど分かる内容が
加速度的に広く深くなっていくわけで
期間が短ければ
浅いところで時間切れになるでしょう。

で、もっと重要なことは
スキルを伴うことって
スタートは若ければ若いほど良いのです。
その方が吸収が早いし、伸びる。

スキルを伴うテクニカルなことは
いかに早く経験できるかが
クリティカルに重要だと思います。

それに、好きなことに夢中になれば
それによる習慣ができるわけです。

夢工房の活動は良い例で
1年生の頃から設計したり作ったり
そんなことを朝から晩までやったりしていれば
それが彼らの「普通」になるわけですが

それを高学年で始めるのはキツイのではないかな。

中には3年生の終わりにウチの研究室に配属されて
初めて夢工房に来る学生もいます。

でも、時間の使い方や活動内容など含めて
ペースを掴むまでは大変だと思います。
今のところ、みんな頑張ってやってますが
もっと早く始めていれば
もっと凄いことができたろうに
と毎年思ってます。
まぁ、「~たら」、「~れば」は無いのですが。

在学中に獲得した暗黙知は
学校の中では、ほとんど評価されません。
そもそもそんなの計れないから成績にできない。

それを分かっていながら頑張れる
というのは凄い資質だと思います。
好きなことをやっているから
というのが動機だからこそですが。

それに、卒業生達の成果や実績という
彼らにとっての北極星があるのは大きいでしょうね。