面倒なことをやって目立つと…?

言ったことをやらせる
それは大事だったりします。

言われたことをやる
それも大事だったりします。

言われてもいないことをやる
はどうでしょう?

かつて学校では「余計なことするな」
とよく怒られたものです。

最近はそういうシーンは見かけなくなりましたね。
言われてもいないことをやる者はいないから。

そんなことをやったら目立っちゃうから
大抵はやりません。

本当に面白いことって
大抵は面倒なんですけどね。

目立っちゃうことに対する恐怖や
それによって起こる面倒なことを避けたい
という価値観は
きっと環境が作ったものでしょうね。
それを受け入れて継続しているのは自分自身ですが。

周囲と同化して
カメレオンみたいに平穏無事にやり過ごす
そんな習慣が身についていませんか?

でも、興味深いことに
就活の時期になると
他との違いが欲しくなって
色々探し始めます。

探したって無いものは無いのです。
そういうのは作るものだから。

一体なぜこうなっているのか?
目立っちゃうことを避けるという行動原理派なんだろう?

何か尖ったものを持っている者が
得をしないどころか損をする?
そうは思っていないだろうから…

尖ったものを持つまでのプロセスにリスクを払いたくない
そんなところかな。

そんな価値観を持つ環境になっているからでしょうね。

目立っちゃうことに対する恐怖や
それによって起こる面倒なことを避けたい

そんな価値観を持つことによる行動を繰り返せば
習慣になっちゃうのは当然なのだけど…

面倒なことをやってくれて
目立ってる人

それ、仕事がうまくいってる人のことなんですが…。

面白いと成果が出るのは当然

なんか学校って
「面白くないことを我慢してやるのが勉強だ」
みたいなことになってませんか?

いや、これは学校という組織だけではなく
学生自身も、親も、社会も。

良薬口に苦し
みたいなことなのでしょうか。

面白いことをやる中での困難であれば
自身の意思で乗り越えようともするでしょう。

面白くないことをやる中での困難は…苦行です。

そうか!
教育って修行か!

いや…どうなんだ、それ。

ということを前振りに、核心に入っていきましょう。

やってることが面白ければ成果が出る
それは当然です。

だから、面白いことをやりましょう。
当然ですね。

逆もしかりで
成果が出るやり方は面白い
それも当たり前。

さてさて、なので…
周囲は当事者が面白く取り組めるような環境を作るべき
それも当たり前のように聞こえますし
実際、重要なことでしょう。

しかし!

それよりもっと重要なのは
当事者自身が面白くしていくことです。

面白そうな環境を与えられて
面白く取り組む、なんてのは誰でもできることであって
受け身です。
「言われたことをやる」ってのとあまり変わりません。

自身が面白くなるようにしていく
と、言うのは簡単ですが
これまた言われたらできることなのか?
言われてやったら、それは言われたことをやっただけでは?

うーむ。難しいですね。
やはり資質の問題なのでしょうかね。

でも、最初にそんなことを伝えてあげることは大事でしょうね。
で、そこから気付きを得られるかどうかは本人次第ってところでしょう。

リスクの閾値

リスクを回避したいというのは、ごく自然なこと。
とはいえ、リスクと言っても色々あるわけで…

リスクと感じる程度は人それぞれで
それこそ、直接的に命に関わることから
人間関係や、ちょっとした労力まで
実に様々。

人の行いのほとんどには
大なり小なり、何かしらのリスクが発生する
と言っても良いかもしれません。

ただ、何をリスクと感じるかは
価値観に基づくわけで
どの程度までのリスクを取れるかは
それによって得たいものに対して
見合うかどうか。

見合わない
と思えば
やらない
ということになります。

ただこれ
直感的にやっていて
意識的にコントロールされていないことが多い
というのがポイント。

その「得たいもの」が
自分でもよく分かっていなかったりするし
そのためにどの程度のリスクまで払えるか
というのも考えていなかったりもします。

そんなことありませんか?

得たいものの明確化と
払えるリスクの程度
これらについて、ちょっと考えておくだけでも
結果はかなり変わってきます。

というのが今回言いたかったこと。

ちなみに
「得たいもの」としましたが
結局欲しいのは、それがもたらす「感情」だったりするのですけどね。