コロナ禍からのリカバリー…は、まだ続く2

これは推測ではあるけど、恐らくそれほど外れてはいないだろうと思います。

一つは、「変えたくない」という感情の強化。
もう一つは、リスク回避の強化です。
「変えたくない」という感情はリスク回避から来ているのでしょうから、結局はリスク回避ってことなのかな。

一応言っておきますが、これらは学生に対する愚痴ではありません。
自分を含め、周囲の環境から感じていることなので。

さて、この「変えたくない」についてですが、恐らく以前にも記事にしたのではないかな。

今日生きているのは、昨日の行動があったからで、それを変えなければ今日も明日も生き続けられる可能性が高い
という生存本能的なところに根ざした感情なのですよね。有名な話ですが。

当然といえば当然なのですが、コロナのパンデミックという命が掛かるような状態で、そういった感情が強化されてしまう人がいるのはある意味当然でしょうね。
それは学生のような若者よりもむしろ、教員のような年長者の方が強いでしょうけど、いずれにせよその影響は若年者にも及びますので、全体に伝播するでしょう。

そしてリスク回避です。
これはコロナ改善からあった傾向というか、学校なんて常にそういう傾向なのでしょうけど、コロナ禍での生活によって、思考や行動が強化されたってことでしょうね。まぁ、それも当たり前の話ですが。

で、「変えたくない」とリスク回避が合体して強化されてるぞ、と思うのです。

この二つ、とても相性が良くて、合体して威力を発揮すると、何もかもが全く面白くなくなります。
だってゴールは「安心」であって「喜び」ではないから。
そして本能に根ざすことなので、恐らく本人には何が起きているか認識できないでしょう。

変えたくない、余計な事をやりたくない、それが強化されているので、その反対の行き詰まりを感じている人も一定数いるわけで、社会で起きていることをよーく見てみると…見付かりますよ、そういう人。

で、あなたはどちらの側にいたいですか?今はチャンスなのだってことに気付いていますか?という話なのです。

仕事をする上での優秀さ

いわゆる勉強ができる学歴的な優秀さと、仕事をする上での優秀さってのは、一体何が違うのでしょうね?というお話しをしてみましょう。
別に私が優秀なエンジニアであったという話ではないのですが、恐らくエンジニアとしてある程度のキャリアも持つ人なら常識的に理解している内容だと思います。
で、これは多分、大学生にも参考になるのではないかな。

勉強ができるってのは、「論理的思考力」と「知識の修得力」という2つの能力が優れているということだそうです。
これらは、いわゆる定型的な知識のハンドリングですね。それらを「知ってる」「覚えてる」とか、「理解できるか」「覚えられるか」ってことです。

対して、仕事をする上での優秀さってのは、「直観的判断力」と「智恵の修得力」において優れていることだそうです。
これらは、経験に基づく勘とか、知識の活用とか、「やる」ことに大きく関係していて、文字とかにしにくいものです。なので、教科書とかマニュアルにできません。

恐らく学校では、前者を基礎とか基本、後者を応用と呼んだりするのではないかな?
そして、基礎がしっかりできていれば、応用はできるはずだ、みたいなことになっている気がしますが、どうでしょう?

それらの能力、全く違いますよ。

後者は「やる」ことでしか身に付きません。
そして、何も考えずにやっていてもダメで、困難の壁にぶつかったり乗り越えたりすると磨かれます。
さらに言うなら、諦めない事も優秀さとしては重要な事でしょう。

やはりその辺は、好きな事を一所懸命やるとか、のめり込んで何かをやる経験が効いてきますね。

仕事してみてどうだった?

社会人として言っておかなきゃならんことがあります。
それは、仕事してみてどうだったか?
学生から社会人になった時の気持ちですね。

もちろんこれは人によって様々でしょうけど、こういうことこそ学生達に伝えるべきなのだろうと思うのです。
だって彼らは将来、仕事を始めるその時のために学んでいるのですから、どんなことが必要になりそうかくらいは知っておかないとね。

私の場合は楽しかったですね。
色々転職したけど、それぞれそれなりに楽しかったですよ。

何が楽しかったかを一言でいうのは難しい。色々あるし。

責任感からくる緊張感というか、本番感というか、そういうのって価値ある事をしている気がしますね。

それに、次々に新しい事が分かってくるし、色々できるようになっていくでしょう。
それは実にエキサイティングです。

もちろん、仕事の成果で仲間や、お客さんが喜んでくれる。
これは最高で、最も大事なところでしょう。
個人的な満足って小さいですから。

あと、自立している感覚かな。
これは凄い満足感がありました。
実際は、職場の仲間とかに依存はしているのですけどね。まぁ、それは置いておいて。

そもそも学生の頃は、「なんでこんな何の役に立つのか分からない事ができないとイカンのだろうなぁ」と思ってましたから、社会に出たときは「やっと本番が来た!」って感じで嬉しかったですね。

今にして思えば、学生時代にもっと効果的な準備ができたかもしれない、なんて思ったりもするのですが「たら・れば」はあり得ないわけで、その時の自分にできたことは、まぁまぁ頑張ってやったかな。とも思います。

レーシングチームに所属しての活動とか、レースの資金をつくるためのアルバイトなんて、何をやったか全て覚えていないほど色々やったし、人生の師と言える人と知り合えたりもしたし…

そうそう、学生の頃から人間関係には恵まれていた気がします。
やはり積極的に外へ、前へ、という姿勢が大事だったのだろうな、と思うのです。
出来の悪い学生でしたが、お陰で色々学べたし、そこそこ良い思いができました。
もちろん間抜けな失敗も沢山しましたが、そこからの学びも大きかった。
勉強ができるようになったって意味ではありませんよ。

このブログの内容は、まるでお勉強を否定しているように見えるかもしれませんが、知識は重要で、勉強自体は決して否定はしません。
ただ、何のために何をどのように学ぶのか?そもそも学びって何だ?というのは本質的に重要で、授業での知識習得が全てではないのは確かなのです。

その辺って、考えても答えが出るようなものではないので…とはいえ、多少は考える必要はありますが、やりながら考えるとか、悩むくらいならとにかくやってみるとか、そういう姿勢が将来の仕事に必要なものを楽しみながら学ぶポイントかな、なんて思うのです。