こうすればうまくいく 9

もうほんとに、こればかり日々考えているというか、これが仕事なんですけどね。

で、何をやったら良いのかという題材は、関係する皆様のおかげで順調にネタ出しが進んでいます。
それはもう、その手のものが好きならたまらない内容だと思うのです。
詳細はまだ秘密ですけどね。
「マジで!?そんなの学生がやっちゃうの!?」
というような、誰もがビックリしちゃうような手駒を用意していますので、お楽しみに。

でも、ネタばかり揃えたところで
「やれ!」
ってなことになっちゃうと、実は本末転倒だと思っていて、取り組む学生自身が主体性を持ってのめり込まないと、こういうのは面白くならないし、続きません。

そう、続かないとダメなんです。
どうせレベルの低いゴールを設定したとことで、そんなもんはやり甲斐は無いのですよ。
なので、そこそこ手応えのあるテーマを設定する必要があるのですが、そういうのって、ちょっとやってみただけじゃうまく行かないわけで、工夫しながら継続して、高みに到達するような…言ってみればサクセスストーリーのようなものを自身で構築していくような感じになるのが理想です。

とまぁ、そんなことを考えていると、やはり学力が云々ってのも大事かもしれませんが、それ以前にパッションが無いと話にならんよなぁ、とか思うのです。

だって、パッションが無い者にデッカイチャンスを投げたところで何も起きないのですよ。
結局、うまく行くとか行かないとかなんて、心の問題なんですよね。

これから元気の良いチャレンジャーが入学してくれて、構想中のこの凄い手駒を受け取ってくれると良いなぁ、なんて思っています。
ハッタリでは無く、想像の範囲を超えてると思います。

こうすればうまくいく 8

どうすればうまくいくか?
難しくて大事なことです。

まだまだ分からないことも多いわけで、日々気づくこともあります。

どうしたらうまくいののだろう?

このテーマで考えているとき、見ている範囲はどこなのだろう?
そんなことを考えているとき、気付いたことがあります。

「どうすれば?」と考えるとき、それを誰がするのかというと、もちろん自分なわけで、ついつい自分の視座で自分の領域だけを見てしまうのですが、そのやることは何かのためにあるわけです。
それは自分以外です。

「うまくいく」というのも、いったい何をもって「うまくいった」とするのか。
誰の役にも立たない自分だけが満足するような結果では、心の底から「うまくいった!」なんてことにはならないはずです。

自分の外の領域に「何のために」、つまり目的があるはずなのに、自分の領域で考えてしまう。
一所懸命考えて行動したところで、それでは誰のためにもなっていないわけです。

そんなことに、ふと気づいて、「いかんいかん!」となっても、ついつい元の状態に引き戻されていたりして。

その辺のことは、これから考えて、試して、まとめていかんとなぁ、と思っています。
やはり人生修行ですね。

証拠あんのか? さぁね、やってみなけりゃわかんないね

子供の頃、友達が何か言うと
「ホントか、それ? しょーこは?しょーこは??」
そんなこと言いませんでしたか?

大学って、いわゆるアカデミックな組織なのですが、やはり言いますね。
「エビデンスは?」

はっきり言わせてもらいますが、嫌いなんですよ。そういうの。
必要性や重要性は分かるんですけどね。

ちなみに、「アカデミック」を辞書で引くと…
学究的という本来の意味はもちろん、「非実際的…」とか、「権威をかさに着て格式ばった理屈をこねる…」のような解説も見受けられます。
うんうん、その気持ちは良く分かるぞ。

そうそう、なんで「しょーこは?」とか「エビデンスは?」とかが嫌いなのか。

だってね、証拠があることしかできなかったら、チャレンジなんてできないでしょう。

「そんなのやらなくたって分かるよ」
というようなことに付き合うより
「そんなのやってみないと分かんないだろ」
の方が面白いですから。