自分の感情が見えているか?

これ、たまにハッとすることなんですが…
今、自分がどう感じているか、何を思っているかが見えているだろうか?

というか、自身の感情を認識できているだろうか?
そして、それを自分のコントロール下に置けているだろうか?
というお話しです。

ハッとするくらいだから、普段は意外と分かっていなかったり
気にしていないことが多いのではないか
と思うのです。

ゴールを定めたら、そのために必要な戦略を組んで実行するわけですが
我々の行動は感情から発していたりもするわけで
やりたいことや、やるべきことに適した感情があるわけです。

それに対して現状はどうか?という自己評価と修正ができているだろうか。
それができれば、今どうすべきかが決まるはず。

そして、自身に対するのコントロールができるはずで
その感情から発した行動により、望ましい結果が手に入るであろう!

とまぁ、言うほど簡単じゃないでしょうけど
だからこそ、こういうのって面白いのですよね。

そんなことを考えていると
マインドフルネスって結構重要なのね
と思ったりするわけです。

未来を決めるもの

知識や能力を身に付けるために学校に行ったりしますが
では、能力があればOK?

目的に合致した能力なら大いに結構ですが
そうでもない場合も多いのではないでしょうか。

そもそも、その能力は何のために身に付けて、どのように使うのですか?
目的が無いのだとしたら、その能力に何の意味があるのか?
ってのは言い過ぎかもしれないけど
目的無しの場合、「念のため」なんてことになりやすくて
余計なことの習得に時間を使ってしまいがち。

もっとも、そうしているときは
無駄なことをやっているつもりは無いでしょうけど。

でもそれは、どんな冒険をするかを決めずに
むやみに保険に加入しまくっているようなものではないでしょうか。

保険に入りまくって
安心な状態が確保できたら
どんな冒険するかを考えるぞ!
…というのは、あまりに滑稽でしょう。

何が言いたいのかというと
我々の持っている時間は有限なのだから
さっさとゴールを決めて
必要だと思うことに集中すれば
相当なことができるのですよ。

仮にそれがうまく行かなかったとしても
そういった努力って、後々役に立ちますし
諦めなければ最終的にうまく行くものだし
忘れた頃に良いことが起きたりもするのです。

能力が未来を決める訳ではなく
欲しい未来に合致した能力を得るのが大事なのです。

これ、似てるようで全く違います。

今は過渡期

たぶん今は、色々なことに関して過渡期です。
もちろん教育も。

成果を望むなら、好きなことをやるべきです。

大学に好きなことがあるならやるべきだし
無いなら、そもそも大学なんていく必要ありません。

本来は、そうあるべきだったのでしょうけど
いつの間にか
「大学くらい行っておいた方が良い」
となってしまった。

一体、何に対して「良い」なんでしょうか?
どれくらい良くなったのでしょうか?

結果として、教育のインフレが起きて
好きなことに一所懸命になれる若者が減ったただけじゃないか
と思うのですが、どうなんでしょう。

このまま行ったら
いずれ行き詰まっちゃうのではないでしょうか。

その前に方向転換できるのか
それとも、行くとことまで行って
どうしようもなくなってから復活するのか。

これは大変興味深いところ。

いずれにせよ
この方向性で行き詰まる可能性があるなら
方向を変える必要はあるわけで
そこに正解が無いとすれば
何かしらやってみるしかない。

で、夢工房のやり方は
卒業生を見る限り、それほど間違った方向ではないと思うのです。
もちろんブラッシュアップは欠かせません。

日々チャレンジ
日々最適化
といったところです。

どうせ正解は無い。
なので、終着点なんてそもそも無い。
どこまで続けられるのかってのが大事なところ。