学生の評価方法変えたらどうなの

学校の成績が記された成績表を
「通知表」と呼ぶのは
小学校から高校までですかね。

こいつの役割は何でしょうか。
何を誰に通知するの?

保護者に成績を通知するためですよね。
「お宅のお子さんの勉強の具合はこうですよ」
と。
お受験のためでもあるかな。
推薦入試にも使われますものね。

大学での成績表は?

もちろん保護者へ、というのはあるかな。
気にする保護者も多いかもしれませんね。

成績表が就職に影響する?
そういう企業もあるかもしれませんが
最近ではかなり減っているはずです。

もちろん大学は勉強するためにあるのですから
学業成績がどうかというのは重要でしょう。
なので
それが定量化されて明確化されるのは当然かもしれません。

しかし
何のために?
何の役に立つのでしょう?

大学を終えると社会に出るので
どれだけ人の役に立てそうか
という期待値が重要なんだと思います。
(あくまでも期待値です
実際にどうか?
というのはやってみないと分かりませんから)

かなり乱暴なことを承知で言わせてもらいますが
学業成績でその学生の期待値を表すのは無理があると思います。

以前紹介しましたが
稲盛和夫さんがお考えになった
人生成功の方程式が参考になります。

人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力

学業成績は、この中の「能力」を構成する「一部」です。
もちろん
このパラメータが大きければ結果は大きくなります。

しかしですよ
「考え方」と「熱意」はどうするのか。
あまりになおざりになっていないか。
これらのいずれかがゼロなら
能力が100でも結果はゼロです。
なので
これらを最大化するのも勝負の方法の一つでしょう。

というか
彼らが将来やり甲斐を持って仕事をするために
本当に必要なものを掴めるチャンスをあげないと
誰もハッピーになりませんよ。

メンタルタフネスやチームワークなんてのは当たり前で
主体性とかチャレンジ精神とか…
経団連のアンケートが全てとは言わないけれど
社会が本当に切望している人材を育成するために
もっと本気で取り組む必要があります。

しかも
時代が大きく変わろうとしているならなおさらです。

彼らを
言われたことを嫌々やる奴隷
のような社会人にはしたくないし
そんな人材は誰も必要としないでしょう。

これまた乱暴なことを言いますが
偏差値トップクラスの大学でないなら
戦略的に「考え方」と「熱意」を最大化するべきです。
彼らはそれだけのポテンシャルを持っているはず。

…というのは
今までの夢工房で頑張ってきた連中の
パフォーマンスを見てきたから
よーく分かります。

さて
「じゃぁ偉そうに色々言ってきたけど
どんな評価にしたら良いのか言ってみろ!」
と言われると困っちゃいますね。

でもぶっちゃけ

なくてもいいんじゃないの

と思います。
頑張ったりサボったり
その結果は本人が一生背負っていくんですから。

一番大事なのは
本人が何を得られるか
何をなしたか
です。

理工系の大学であれば
成果は就活に使えば良いのです。
「自分はこう考えて、これをつくったら、こうなった」
その証拠を見せれば良いのではないでしょうか。

まさに
技術は人なり

技術を見れば人となりが分かるでしょう。
企業側がそれを見抜けないとしたら
文句を言う筋合いではありません。

さぁ、こういうやり方はいかがでしょうか。

今年は試される

ずいぶん長いことコロナ禍続いていて
皆さん参ったと思います。

夢工房も色々大変でした。

何せ「つくってナンボ」なのに
物に触れないのですから。

でも可能な範囲でジタバタやってきました。
色々やり方も変えました。

おかげで多くが高いモチベーションを保って
頑張ることができました。

意外なことに
オンライン環境下でも
彼らは結構な成長を見せてくれました。
特にマインドの面で。
これは正直なところ想定外でした。

今年はその成果が試される年です。

どういうことかというと
100%コロナ禍の環境を通り抜けてきた4年生の就職活動と
コロナ禍の中で入学してきた1年生、2年生を含めた
開発の成果が形になる年だからです。

4年生に関して言えば
果たしてこの期間でどれだけ
精神的に
技術的に
成長することができたのか
それが企業から必要とされるのか。
これは大変興味深いところです。

そしてメンバー達は
このような環境で
どんなマシンに
どんなチームに
することができたのか
それを大会で試されます。
大会が開催されればね!

当チームが狙っているオーストラリア大会は
12月の開催なので
ひょっとするとコロナは終息してるかも!

昨年は全ての大会が中止でした。
(正確には、マシンを走らせるイベントは中止)
なので
ひょっとするとオーストラリア大会が
コロナ明け初のイベントになるかもしれません。

まだまだ思い通りに動けない部分もありますが
条件は皆同じです。
この結果によって
我々のたどってきたやり方と
その方向性がどうだったのかが見えます。

最近では
スポンサーさんにお願いしている部品が仕上がってきたり
さらに新しいメンバーが加入したり
色々と勢いづいてます。

さて
どこまで行けるかお楽しみ!

モチベーションベースの学びへ

他人は変えられない
と良く言われますね。
実際その通りかと思います。

その理屈でいくと
学校で学生をいわゆる「できる学生」に変えることなんてできない
ということになります。
まぁその通りだと思います。

本人が変わりたいと望まない限りは何も起きません。

じゃぁ、学校は何もできないのか?
というとそうでもない。

基本的に大学なんかは
本当に学びたいことがそこにあるから行くわけで
本来そこに大した問題は無いはずなんですが
まぁ、そうはいきませんよね。

というわけで
伝統的なやらざるを得ない仕組みの登場です。

一定レベルに達しないと
進級できない
卒業できない
という仕組みです。

この仕組みは「恐怖」を原動力にしています。
なので多くの学生は恐怖から逃れることをゴールに設定します。

そして
やらせればやらせるほど
やりたくなくなっていく

この仕組みでは
最大限うまくいっても恐怖から逃れることができるだけです。
なので多くの学生が言うでしょう
「将来は安定した暮らし(楽な暮らし)がしたい」
って。
当然です。

そんなこんなやっていくと
本当は学びたいことがそこにあったから行ったはずの大学が
めんどくさい存在になります。
できればやりたくない
という感じ。

あれ?
希望を持っていたはずの学生が変わりましたね。
でも「そっちじゃないのになぁ」という変わり方です。

何度も言ってますが
そんな状態で得た「何か」
それはそんなに役に立つんでしょうか?

そりゃまぁ何もやらないよりは良いのかもしれませんが
もっと良いやり方があるはずです。

大学だって今まで何もやってこなかったわけではありません。

一頃、「ものづくり」の重要性に着目して
日本中の多くの理工系大学が頑張ってましたね。

そもそも理工系大学に行きたい学生は
ものが好きなので、モチベーションが上がります。
これはかなり効果が上がったのではないかと思います。

でも今は正直なところ下火になってしまっていると思います。
だって教える側がものをつくったことが無い世代に変わりつつあるから。

自分の専門じゃないことなんて教えられないじゃん
もの作ったことないんだから教えられないじゃん
と言いたいところでしょう。

とはいえ打開策はあります。

やったことがなくても
分からないことに関するアプローチ方法は
先生方は知っているはずなのですよ。
だって大学の先生って研究者ばかりなんですから。
何だか良く分からないものを明らかにする専門家ですもの。

ジャンルが多少違っても
物事の本質は同じだったりするので
何かのスペシャリストは他の色々なこともできたりしますし
自ら学ぶのも上手。

でも
学校は
特に大学は
(すでに)知っている人が
知らない人に
一方的に伝える(講義する)
そんな固定概念がある。
それが変化を邪魔します。

分からない連中が集まって
「どーすんだ、これ?」
とか言って
何でも良いからやってみて
何度も何度もやってみて
色々見えてくる

これ
本当の学びなんじゃないか
と思います。
そうやって得たものは一生忘れませんよ。

もし、やるだけやって
最終的にダメだったとしても
その中で学ぶことは大きいはず。
なので無駄なことは無いはずです。

もちろん
現状のような講義ベースの学びはあっても良いと思うのです。
でも、モチベーションベースの学びがあっても良いのではないかと思います。

いわゆる「賢い人」は
いつの時代も必要です。
でも、そんな人ばかりじゃ
どん詰まりになります。
賢い人は賢くリスクを回避しようとしますから。

問題は
何だかわかない
どうしたら良いか分からない
そんなことにトライするには
リスクを避けて通れないということです。

なので
これまた何度も言いますが
勇気ある馬鹿野郎が必要とされる時代が必ず来るはずです。

一応言っておきますが
ノータリンでもいいということではなく
必要なのはパッションですからね。

ノータリンだって…古いね(笑)