想像ができない そりゃそうかも でどうする?2

想像力なんて必要が無ければ育まれないわけです。
で、想像だけしたって何も起きないわけなので
行動しないとイカンのですね。

というわけで
自分がどうすべきかを考えて
トライできることが重要なのだと思います。

記憶力を中心とする能力や
指示を忠実に実行する能力が高い人も必要でしょうけど
そういう人達だけいても何も起きません。

当然ながら、現在の学校という組織は
その特定の能力を伸ばしてその高さを評価しています。

世の中が今のままの方向性でOKで
そのまま強力にプッシュしていけば明るい未来が開けるか?というと
どうもそうではないことは多くの人が感じてるのではないかな。

恐らくこれは今後変えていかないとエライことになるでしょうけど
どうにもこうにも変えようがなくて
恐らくジレンマに陥るのではないかと思っています。

だって変えたくない人が圧倒的に多いだろうから。

でもこれは、変えたいとか変えたくないという話ではなくて
その先の「何のために」という所を見る必要がある。

それがいわゆるビジョンなのだろうけど
そこを明確化しようとすると
恐らくそこでも反対勢力が出現するのではないかな。

なので、このジレンマを
いまの大きなシステムで解決するのはたぶん無理。

では諦めるのか?

そういうわけにはいかないので
小規模なチャレンジャーが
ヒーヒー言いながらやるしかない。
テストベッドとして。

そういう意味では
大学という大きなシステムの中に
夢工房という小さなテストベッドの内包を許容してくれている
現在の環境は大変ありがたいと思っているのです。

動いている本人達は
外から見ればモルモットのようなことになるのかもしれないけれど
ここでやったことは確実に彼らの未来に活かせるので
これは全く問題無いわけで。

あとは成果を出して
波及効果が出せるようになれば
夢工房の使命は果たせるのかな
なんて思うのです。

そのためのアイデアが必要ですね
ということで次回に続きます。

何かを一所懸命やるには何が必要?

人が何かを一所懸命やるには何が必要でしょうか

やらないと命に関わる状況なら
そりゃぁやるかもしれません。

平穏無事で食うに困らない状態では
一所懸命やる理由も無かったりして
何かに一所懸命取り組むためには
何かしら理由が必要なのかも知れません。

外発的な動機に取り囲まれて
日頃からやらされる経験ばかりだと
そこから解放されたくなるのは仕方ないことで
やらされればやらされるほどほどやりたくなくなる。

でも、そうではなくて
やらずにはいられなくなる楽しさとか
人の役に立てたときの満足感とか
そんなのが動機だといいですね。

あと、動機が何であれ
それを楽しめるようになれればいいでしょう。

そもそも「天職」なんてのは
最初からあるものではなくて
自分でそのようにしていく
ということでいいと思います。
むしろその方がいい気もします。

だって、初めてやることで
最初からうまくいくことなんて
そうそう無いでしょうし
そんなものを探し始めたら
人生いくら時間があっても足りないでしょう。
むしろ、うまくいかなかったことを何とかしていく
というところに価値があるのでしょうから。

やらされるのはなく
自分からやってみたい
自分の意思でチャレンジしてみたい
そんな思いが発動するためには何が必要なのでしょうか。

赤ん坊のころは色んなものに手を伸ばして
親に「ダメダメダメダメ」とやられますよね。
物心が付く前には自然とそういう行動をするものです。
それってまさにチャレンジだと思うのですが
でも、いつかやらなくなる。
これは一体何なのでしょう。

これは教育機関のみならず
あらゆる組織における課題になってくるのではないでしょうか。

もうすでになってる?
うん、そうかもしれません。

さぁ、どうしましょうか。

想像ができない そりゃそうかも でどうする?

最近は夢が無い若者が増えている
なんて話を何回か記事にしたと思います。

夢工房の活動をやっているような学生達に関しては
夢が無いというのは逆に珍しかったりするのですが
それとは違って
いや、違わないかな

未来が見えないというか
ちょっとした先のことが想像(想像)できない
という者は増えている気がします。

例えば
ある部品を設計しているのだけど
その部品をどのように作るか
どのように組み立てるか
どのように使うか
など

未来に起きることが想像できないというか
想像する他のが苦手だったり
そんなケースが増えている気がします。
もちろん全員ではないですが
確実に増えている気がします。

夢が無いというのは寂しいことですが
ちょっとした先のことが想像できないというのは
開発などを含め
仕事をする上では
ちょっとクリティカルかもしれません。

何でそうなるかという理由は分かっています。

何をするべきかとか
そのために何が必要かとか
それをやるとどうなっちゃう可能性があるかとか
その辺を考えて行動する経験が少なかったからでしょう。

言うまでもなく
親をはじめ、周囲がお膳立てしてくれたから
自分の代わりに考えて決めてくれたから
ということでしょうね。

もちろん
そういう環境で育てば
自発的に考えたり決めたりする能力が身に付いているはずはありません。

言われたことをやる
いわゆる「良い子」なら仕方ない気もします。
でも、仕方ないじゃ済まない。

うーむ、こりゃ困ったことだ。
まさに困難です。

でも恐らく
いや確実に
この困難に直面して解決するのが
学校でも社会でも課題となるののは間違いない気がします。

さぁ、でっかい宿題ができましたよ。