プロセスは大事

学生の面倒を見ていて気付いたことがあります。

何かを考えて、何かしらの形で出力するとき
「文字」という形で「一つの答え」を出す傾向が強い
ということです。

学校で授業を受けてテストで成果を試される
みたいなことばかりやっていたら
そうなるのは当然でしょうね。

問題に対して
できるだけ少ない手数で答えを出したい
そう思うでしょう。

たぶん、私も学生時代はそうでした。

こういうやり方ばかりしていると
プロセスが軽視されてしまうのでしょうけど
アイデアが出るのはプロセスの中からです。

どうなるか分からない未来のことを考える際に
「一つの答え」を導き出す
学校の授業のようなやり方では
あっという間に行き詰まるでしょう。

こういうやり方は
いわゆる企画とか設計とかには向いていません。

企画と設計じゃずいぶん違うようですが
そうでもないと思っています。

何か一つのことを仮定したら
それを関係を持つ複数の要素が影響を受けるとか
何となくボヤーッとしたものから明確化していくとか
そういうのってビジュアル的に相関をとらえる
みたいなことをしないと整理できませんから。

アイデアをいきなりCADでモデリングするとか図面にするとか
そういうのは大抵うまくいきません。

なので、プロセスを考えるときは
相関図とか、図式化したり
いわゆるポンチ絵を描いたりして
イラスト化なんかをするといいのです。
で、ビジュアル的に考える。

図を描いたりするのは
ある程度のスキルが要求されるので
最初はうまく描けなかったりします。

でも、最初は誰でもそういうものなので
気にせずにコツコツやっていくのがいいでしょうね。
そのうち上手にできるようになりますから。

思いは実現する

「思いは実現する」
みたいなことをどこかで聞いたことはありませんか?

初めて聞いたときは
「本当かよ?」
なんて思いがちですが

ものを作っていると
「そんなの当たり前じゃん」
と思えたりします。

なのでこれを
ものづくりのアプローチから説明してみましょうか。

作った「もの」は
作った人そのものが実体化したものです。

なので、「もの」には
考えた人、作った人そのものが現れます。
その人以上にはなりません。

もうちょっと具体的に言うと

何かアイデアを考えて
作りたいと思う
この時点では
ボヤーッとしたビジョンですね。
鮮明でもないし
具体的でもありません。

まずはスケッチとか
要点を文字に起こすとか
そんなことをしていると
何となく形になってきます

その後、より明確にするために
図面を描いたりして
かなり具体化してきます。
この辺になると
思うというよりは
考えるというプロセスと言って良いかと思います。

そして実際に作ってみる。
これは行動ですね。
厳密に言うと、設計をしている段階も「行動」と言っても良いかと思うのですが
ここではプロセスの話をしていますので
こんな感じで良いかと。

で、ものができる
そして、使ってみて
その評価によって結果が出る。

それぞれのプロセスでは色々考えているはずですが
一連の流れでみると
思ったことが結果になって現れているだけです。

なので、最初の段階の「思い」は特に大事なのです。
それが具現化するから。

それ以降のプロセスはスキルを向上すれば
レベルは上がりますから修業あるのみです。

うまく行かないときは
思いがイマイチか
それ以降の技術やスキルが不十分か
だいたいそんなものではないでしょうか。

中でも、思いは
集中力とか継続性とか
全てを支配しますので特に大事ですね。

ものづくりを例にとって説明するとこんな感じです。
作ったものは、作り手そのものです。

作る人、使う人への配慮とか
性能や品質など
全て自分以外の人のためです。

そこに自分の思いが向いていれば
「価値がある」ということになります。

なので
良いものを作りたいと思ったら
人となりを磨かなければならない
ということになるのですね。

ものづくりの場合
プロセスや結果が目に見えるので分かりやすいのですが
他のことでも同様でしょう。

「思い」無しで何とかしようとすると
一般論とか理論とか
そういうものをベースにやらざるを得ないでしょうけど

そうなると出る結果は
誰がやっても同じになってしまって
そこに価値はありません。

そんなことを考えていると
心を成長させるのが大事なんだなぁ
なんて思うのです。

やはり
技術は人なり
ですね。

ミケランジェロかく語りき

学生達は日々成長しています。
特に今回のような困難の後は。

もちろん望んで失敗する者などいないでしょうが
どんな失敗をするかが問題なのだよなぁ
と、つくづく思います。

とか思っていたら
ミケランジェロの名言を見つけました。

The greater danger for most of us lies not in setting our aim too high and falling short; but in setting our aim too low, and achieving our mark.

我々の多くにとって、目標を高く設定しすぎて到達できないことよりも
低い目標を設定して到達することがより危険なのだ。

ミケランジェロは500年以上前のフィレンツェに生まれ
天才の名を欲しいままにした彫刻家であり画家であり建築家であり詩人でした。

後世の評価だけでなく、活躍していた当時も天才と言われていたようですが
本人は
自分は天才ではなく努力と忍耐によって良い仕事をした
と思っていたようです。

さて、上記の名言ですが
「危険なのだ」と言っています。
ということは、超重要だということです。

そして、天才や実力者に向けた言葉ではないことは
文中の”for most of us”「我々の多くにとって」という言葉で分かります。

つまり、一握りの人達に向けたアドバイスではなく
多くの人に向けた警告です。

その後に続く、目標設定の高低については難しい理屈ではありません。

色々御託を並べましたが、簡単に言うと
「無難なことやってるとヤバいんだぞ」
ということです。

「やってみなはれ やらなわからしまへんで」(サントリー創業者 鳥井 信治郎氏)
「やってみもせんで何が分かる」(ホンダ創業者 本田 宗一郎氏)
ということです。

高い目標を設定するからこそ人は成長できるわけで
チャレンジしている限りは失敗しても成長していきます。

安心安全を求めて低い無難な目標を設定していると
本人は現状維持を欲していたりするかもしれませんが
成長できないどころか下降していきます。

世の多くが、そんなふうに生きていたら
そりゃあ大変なことになるでしょう。

世の中を良くしようとしたら
皆の力が必要です。
だからミケランジェロは
「我々の多くにとって」という前提で
こんなことを言ったのではないでしょうか。

500年以上前に重要だったことが
今重要ではないわけはないでしょう。