こうすればうまくいく 12

果たして自分は成功しているのか?
というと、自信を持って言える状態ではないのですが
そんなの当たり前だろう、と言える成功のセオリーはあります。
ここまで何度もネタにしてきましたが、やはり…

すぐやる

これは筆頭でしょう。

単純だけど重要です。
今の習慣を変えなければならないとしたら、難しいとも言えますが。

すぐやれば、その後の時間で最適化ができるよね
というのはもちろんですが…

もう一つの要点は、すぐやることによって、経験の数を増やすことです。

玉数(たまかず:チャレンジの回数)が増えれば、結果の数が増えるのは当然です。
成功の確率が同一であれば、その数は増えるはず。
もちろん「失敗」の数も増えるだろうけど、そんなのは仕方ない。

「チャレンジする前に成功の確率を上げておきたい」
という気持ちは分かるけど、そもそも確率を上げるには、経験の数によるノウハウが必要だったりします。

そのために必要なのは、知識はもちろんだけど、経験しないと分からない暗黙知。
これが最重要。

なぜかというと、知識は過去のものなので、誰でも知ることができる。
でも、暗黙知はやることによって分かることなので、誰でも手に入る訳ではない。
だからアドバンテージや価値になりえる。

チャレンジは未来に向けて、不確実なことをやるってことです。
やってみないと分からないことだから価値があるのです。

知ることの重要性は否定しません。
でも、自分がどんなに知っていても、何も変わりません。
やるまではね。

夢はあるかい? その8

何が問題って、細かいことから考えちゃうと、それが何のためなのか分からないわけで、その行き着く先は「こうなっちゃった」という、いわゆる「出来なり」状態になること

これはヤバイことですよ
というお話しです。

何のためかはどうでもいいから、とにかく言われたことをやれ
によって
何のためか分からないけど、言われたとおりにやれば何とかなるだろ
となっている。

日本の教育って、そんな感じになっていませんか?
まぁ、昔からそうだったと思いますが。
一体何が、なんとかなるのでしょうね?

「何のため?」が無いってことは
ゴールが無いってことで
言ってみれば夢が無いってことですね。

そんな状況でもちゃんとやっていけるなら、それはもう特殊で貴重な人材だと思います。

ちょっとヘビーな言い方をしますが…
でもそれじゃぁ、何のために生きているのか分からんのではないですか。
まぁ、出来の悪い私の、ひねくれた意見ではあるのですが。

近年は、学校に行かない子が結構いるようですが、生きる意味を失うくらいなら、学校なんて行かない方が良い気もします。

昔々は、無駄が多くて、結構しょうもないこともいっぱいあって、その中から学ぶこと、分かることが沢山あったと思います。

それをどんどん効率化していって、無駄を省いて高度化したら今の形になったのかな。
余計なことなんかやってないで、言われたことをキッチリできるようになりなさい、と。

さて、それでどれだけハッピーになったのでしょうか。

このシリーズ、なかなか終わりません。
なんたって夢工房ですから、一番大事なところなんですよね。


多様性の先には

多様性があるってのは良いことだ
と、基本的には思っています。

日本は古来から「以心伝心」、つまり、言わなくても分かるような社会だった訳です。
それは、比較的画一的だったということなのでしょう。

で、社会が多様化していくと、この以心伝心が通用しなくなるので、「やること」「やらないこと」を明確化する必要がある。
「言わなくても分かって欲しい」は通用しないので、契約社会になっていく。

今の日本は、昔に比べてずっと契約社会的になっていますよね。

ただし、何事にもメリットとデメリットはあるわけで、一概に以心伝心の社会がダメだということ、契約社会が良いということでもないわけです。
そういうのって結局、「何がゴールなの?」によるのでしょうね。
それによって、良いだのダメだのって話になるわけで。

なので、振り子がどっちに振れるの?みたいなことではなく、それぞれから良いところをピックアップしてどのように組み合わせることができるか、とか。そんなことを考えたいなぁ、なんて思っています。

にしても、ゴールはどうすんの?
まずはこれですよ。

我々のゴールは、未来のビジョンはどうあるべきなのでしょうね?
これは単一とか多様とかって話ではなく、もっと大きな単位での存在価値というか意義というか、そんな話になるのでしょうけど。

教育だって仕事だって、まずはゴールありきです。
何のためにやってんの?と。

これ、結構大事で難しいテーマですよね。