夢が実現したら…どうなった?

AIで生成した可能性があるレポートを
どのように評価して
どのように点を付けるか?

そんなことに悩んでいる教員は
結構いるのではないかな?
と思ってます。

レポートの作成に生成AIを使っているか否かを
生成AIで判定する

それも不可能ではないとは思いますが
明確な判定は難しいでしょうね。
実際にやってみて、そう思いました。

ところで
毎日更新しているこのブログ
AIでは生成できないのですよ。

全くできないわけではないし
AIで生成した方が万人受けする
マトモな文章になっている気がしなくもないけど
どうも気に入らない。
なので、できない。
というか、やりたくない。

ともかく、今やすでに
宿題としてのレポートの意味
というか価値は
すでに大幅に低下しているということです。
全く意味が無いということはないでしょうけど。

「AI使いたければ使ったらいいじゃん!
そんなことして結局、何も手に入らないんだから
そんなの自己責任だ」
という考え方もあるでしょう。

まぁ、それはそうなのですけど
若いうちは、とかく楽をしたくなっちゃうもので
この状態に突入する多くを放置するのも良くないでしょう。

でもね、レポートの点数うんぬんではないのですよ。問題は。

文章を考えて構成していく能力って
ものごとを構成する能力とイコールなのではないかな
と思ったり

自分が作ったものに対して
視座を変えて自己評価する
なんていう能力は
確実に低下していくのだろうな
と思ったり。

だって、AIに生成させたものに対して
疑いの目を向けるのは面倒だし
そもそも、AIが生成したものを
評価するスキルが無かったりするのだから。

でも、これがテクノロジーの進化で
夢の実現です。

自分の能力を超えるアウトプットを
簡単にできてしまうのだから。

“夢が実現したら…どうなった?” への2件の返信

  1. SNSもAIも楽な反面、失うものも大きい。今の幼稚園生がYouTubeを見るようになって、言葉の使い方、夢の描き方が、僕の幼い頃と変わっていると感じることがよくある。僕の弟もAIで調べるのが当たり前になっている。正解をすぐ知れるようになった。正解だけを求められていると言いますか、過程がないと言うのか。僕は音楽が好きなのですが、音楽には真の価値というものが存在していると思っています。

    結局、音楽、つくったものには人というものが出ていて、人間としての良さがある人はずっと人気で、価値が残る(価値が上がる)。

    AI、SNSが当たり前の社会で、もし新しい価値を生み出せる人になることができるのであれば、今がチャンスなのかと思う。
    過程、真の価値を見抜ける人は少しでもいるはずだから。
    まとめると、いつも当たり前を疑うことは大切だと思う。
    個人的見解なのですが。

    7月のオープンキャンパスに行くことにしました。

    1. そうですね。今はチャンスです。
      どんなチャンスなのかはやってみないと分からない部分が大きいのだと思うけど…
      一つはもちろんAIではできないことに拘るというところでしょう。
      あとはAIを利用しつつ、その先にいかに行けるか。

      AIに頼って楽しちゃうと、気付かぬうちにAIに使われるようになってドツボにはまる可能性があると思ってますが、今はとにかく色々チャレンジしておくべき時期なのでしょうね。

      7月、お待ちしてます!

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