主体性にまつわる矛盾

学校教育で
「主体性を育む…」
なんてことを聞くことがありますか?

まあ、それができたら理想的です。

ですが
多くの場合は
「自発性」と「主体性」を
取り違えているのでは?
と思っています。

言われなくてもやる
というのは
自発性です。

言われなくても宿題やれよ
とかね。

主体性は
ゴールを自分で決めることです。

それ、学校でやったらダメでしょ。
あくまでも今のシステムで
ということですが。

今のシステムは
やることは全て事前に決められています。

それをやらせるのが教育である
という前提があるでしょう?

つまり
ゴールは他人が決めるもの
という前提です。

何のために何をするのか

それを
自分で考えさせない
自分で決めさせない
というのが
学びの構造に組み込まれています。

そんなことやっていれば
「自分が何をしたいのか分からない」
なんてことになるのは当然でしょうね。

「自分が何をしたいのか分からない」

今のご時世
これは別に珍しくもないでしょう?

でも、よく考えてみて下さい。

「あいつが」
なら分かりますが

「自分が」
何をしたいのか分からない
のですよ。

大丈夫かよ?
って感じですが
多くがそうなっていれば
それが「普通」なわけで
別に問題だとは感じないかもしれません。

大問題ですけどね。

当然ながら
そうなってしまう原因は
本人にはありません。

そうなってしまう環境に
適合した結果に過ぎません。

それが「良い子」です。

でも、誰もその責任は取ってくれません。

だって
そのやり方が良いのだ
と思っているからこうなっているわけですし。

その状態からどうするかは本人次第です。

さて、キミはどうする?