自由の話

以前に何度か記事にしましたが
「自由」とは、「自分に由る(よる)」ということ。

つまり
「自分で決める」ということ。
そういう状態であるということですね。

なのですが
どうもこれ、人によってかなり差があるのですね。

自分で「決める」に当たっての基本的なスタンスというか、考え方というか。
ちょっと思い付くところを並べてみましょう。

1.衝動というか、感情というか、生理的で本能的なレベル
楽したい
イヤだ
面白そう
といったもの。

2.他人の目を気にするレベル
評価されたい
普通は…
といった他人の価値観に準じたもの。

3.信念的、内的なもの
自分はこうしたい
これは大事
という意思によるものなど。

4.客観的な、いわゆるメタ認知的なもの
自分は流されているな
これは本当に自分の意思なのか?
といった高い視座によるもの。

ざっとこんなものでしょうか。

人は結構、無意識で色々選択していたりするのですが
意外と「何のために?」が自分でも分かっていなかったりするのですよね。

こんなことを考えてみると
日頃自分はどういう価値観に沿って動いているか
が分かるのではないかと思います。

まぁ、どれが良いとか悪いとかは無いのかもしれませんが
どういうレベルでものごとを判断しているかによって
行動の内容や、得られる結果は変わってくるわけで…

たまには、こういったことを考えて
確認やら点検してみるのも良いのではないかな
と思ったりするのです。

“自由の話” への2件の返信

  1. SNSが普及したことによる他人からの視線や、人との比較によって得た自由が逆に不自由にしている感じがあると、僕は思います。

    僕の数学の先生は1日の約9割は無意識だと僕に教えてくれました。確かに言われてみるとそうかもしれません。

    自分の価値、自由、考えは、自分が設定した天井に由ると思います。

  2. 古橋さん、コメントありがとうございます。
    仰ることはもっともだと思います。私も同意見です。
    SNSをはじめとするコミュニケーションの手段が高度化して、不自由になるなんて皮肉なことですよね。

    数学の先生が仰っている「1日の約9割は無意識だ」
    これは、私も以前、同僚のカウンセリングができる先生から学びました。
    曰く、「価値観の再構築をして、無意識の部分、つまり癖とか習慣を再構築すれば、自動的にうまくいくようになるんだよ」
    実際その通りだと実感しています。
    これは自分の天井の再設定ですね。

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