学生特有…と言っても良いことで変えると良いことがあること

学生の弱点を考えてみました。
こういうのが直るといいよなぁ
と思って。

もちろん、自分が学生の時もこういうのが弱くて
ある時に気付いて何とかしようとしたことでもあります。

先のことを考えたり決めたりする力が弱い
プライオリティ(優先度)を決めて実行していく力が弱い

これ、授業を真面目に受けるような生活をしていれば当然だと思います。
まぁ、若いってことは、人生経験が浅いってことだから仕方ないのですけどね。
で、こうなります

自分に降りかかった事象に対して受動的に行動するので
せいぜい「~だろう」という考え方(自分に都合の良い期待)なる程度で
「~かもしれない」という予知予測ができない

「~だろう」ではなく
「~かもしれない」と考えろ!
というのは、危険回避の基本中の基本です。
「予知予測だ!」と。
職場でよく言われました。

これ、初めて聞いた時は新鮮でしたね。
感心しちゃいました。

この考え方に対しては、色々な例を出せますが
色々ありすぎちゃうので、分かりやすい例をいくつか挙げましょう。

あるシステムでも、特定の部品でも良いのですが
完成検査なり、定常の点検なりをしていて
「大丈夫だろう
と思って見ていると、全て大丈夫にしか見えません。
ダメなところなんて見えないのです。

なので、「大丈夫だろう」と思って点検すると
事故が起きることが確定します。
「異常があるかもしれない」という視点で点検しないと
点検にならないのです。

こういうのはどうでしょう。

レーシングマシンでも量産車でも産業機械でも良いのですが
ある部品の寿命について考えているとしましょう。

自分はその部品の設計者では無いので
耐久性については知らない
というのが前提です。

で、今現在、目の前にある部品は壊れていない。
ずっと使ってきたけど、大丈夫。

この部品の寿命をどう考えるか。

「今までもってきたのだから、この後も大丈夫だろう
と考えるか

「今までは壊れなかったけど、寿命を使い果たしているかもしれない。
なので、このすぐ後に壊れるかもしれない
と考えるか

どう思いますか?

こういうのもあります。

新品のスペアパーツが買ってある。
レースの決勝前に念のため交換しておくか?
決勝前ですよ。

「新品なので調子良いだろう

「新品だけど不良品かもしれない

そんなことはまず無いだろうって?

確かに確率は低いですが
工業製品に100%良品は無いと思っていいです。

それを甘く見てレースを落とす事例はあります。
絶対に勝ちたい人は未使用の新品なんて決勝前に投入しません。

こういうのものの見方って
エンジニア特有のものなのかな?

学びをデザインせねばなりませぬ

何かを学ぶのは良いが
それが喜びに繋がっているか?
それが問題。

もちろん快楽的な喜びではなく
やりたいことができていっている
という実感を持てるような喜びです。

単に単位が取れるとか
卒業できるとか
短期的な安心に繋がっているだけなのが現状で

学生達は
机の上で学ぶのは飽きちゃってるのではないか
と思うのです。

飽きちゃっているけど
仕方なくやっている

当然、そんな状況では
勉強することが自分の将来に繋がっている
という実感は無いだろうと思う。
なので、面白くはないでしょうね。

なので一所懸命取り組めない
というループ。

ひょっとしたら
大学なんかは高校を卒業してから入るのではなくて
一度社会に出てから行くとか
仕事しながら行くとか
そういう方が実践的な学びができたりするんではないだろうか?
なんて思ったりして。

だって、社会に出る前の最後の学びが大学
ということになっているけど
そもそも大学生って仕事の意味が分からないものね。

意味が分かってから学べる機会があるなら
より実践的で実用的な学びができるんじゃないかな。

会社で自己啓発活動やるより
もっと先に進むことができたり
もっと実験的なことができたりするかもしれない。

異業種の人達が集まって学ぶ
なんてのも面白いかもしれない。

そうなってくると
既存の大学とはいわず
新しいスタイルの学びになるのだろうけど
そういうのがあっても良いのではないかな。

そのための大学院…
ということなのかもしれないけど
エンジニアが行きたくなるような学びが
今の学校の中にあるのか
というのは疑問です。

いや、でも若いうちに鍛えて伸ばす
という観点なら
やはり高校卒業後がいいのかなぁ。

とまぁ、色々と考えることもあるのだけど
幸いにして夢工房は
仕事に繋がる学びを身に付ける環境に
変えていけるチャンスがあると思っています。

なにせやっているテーマが実践的な内容ですから。

まだまだ理想には遠いので
色々模索していきます。

チャンスを掴むということ

「バスに乗り遅れるな」
とか言うけど、ちょっと違う。

何というか…

目の前に「チャンス」という名のクルマが停まる。

死神が乗った軽トラか
幸運の女神が乗ったリムジンか
それは分からない。

音もなく停まるかもしれないけど
けたたましいスキール音とともに停まるかもしれない。

それに乗り込むと
死神がリスクと引き換えに
ハンドルを預けてくれるかもしれないし
幸運の女神の隣に黙って座っているだけかもしれない。

そもそも
停まったことすら気付かないかもしれない。

気付こうが気付くまいが
ドアを開けなければ
それは、あっという間に去ってしまうし

ドアを開けても乗り込むのを躊躇しているうちに
やはり去ってしまう。

去ってしまうのを見送るたびに
黙っての過ごすのが習慣になって
いずれ気にも留めなくなる。

チャンスに気付くためには
視野の広さと嗅覚が必要で
掴むためにはスピードと勇気が必要。

最初はうまく運転できないかもしれないけど
初心者なんてそんなもの。

なんでも、何度も乗らないと
うまく運転できるようになんてならない。

「自分にはまだ早い」
「リスクが大きい」
なんて思っていると

そのクルマは
もう現れることはない。

そんな感じです。