先払いできるかい?

確証が無いことはやりたくない
そういうのは無駄だ。
動機も無いのにできない。
そんなふうに思うことがありませんか?

そういうのって、理系人間の専売特許かと思いきや
結構そうでもなかったりしますよね。

世の中、不思議とも思えることがあります。

良いことが起きたら喜ぶ
これは普通ですが
先に喜ぶ

何かをしてもらったら感謝する
これも普通ですが
先に感謝する

喜びや感謝の先払いと言ったらいいのか。

そんな風にしていると
良いことが起きたりチャンスが舞い込んだりするのです。

なんかスピリチュアルでオカルト的?
いえいえ、そうじゃありません。
「精神的」という意味なら
スピリチュアルなのかもしれませんが。

喜んでいる人、感謝する人のところに
チャンスが行くのは当然です。

あなたは
喜びもしない
感謝もしない
そんな人にチャンスをあげますか?
あげないでしょう?

チャンスをあげたら
喜んで欲しいし感謝して欲しい
そうなったら自分も嬉しいですから。

チャンスをあげても
喜びそうもなかったり
感謝しそうもなかったり
そんな人にチャンスをあげるのは
難しいというか、苦しいというか…
無理ですよ。

ほら、簡単な理屈でしょう?

人は感情が欲しいんですよ。

嘘だと思うなら…やらなければいい。
その分、やっている人にチャンスが集中するので
彼らの喜びが、より大きくなるから。
でも、それじゃ世の中二極化しちゃってイヤだなぁ。

不満や文句、悪口ばかり言っている人は
「そういうことを言いたくなる対象があるから
自分には喜ぶようなことが起きないんだ」
と思っているかもしれませんが
それは逆だったりするのですよ。

そんなのは
よーく世の中を見ていれば分かるはず。

楽しそうに仕事をしている人なんかを見ていたりしても
そういうのは良く分かると思いますよ。

すぐやることの難しさ

「すぐやる」というのは
言うほど簡単ではなかったりしますよね。
人によっては結構難しいかもしれません。

偉そうに言っている私自身
すぐやることは難しいことの一つで
だからこそ、ちっちゃな勇気を持って
いちいちチャレンジしています。

「すぐやる」ことの難しさの一つは
面倒だから。
これは誰しも思うところでしょう。

そしてもう一つ。

「すぐやる」ということは
熟成度が低いことを実行するということでもあるから。
なので、うまく行かない可能性が高かったりする。

そういう現状と向き合わなければならない。
「ダメだ」と思うかもしれない。だってダメだから。

失敗を恐れる人は
「これじゃダメだ」
という恐怖と対峙する可能性がある。

恐怖と向き合うのを避けたい
と思ったらアクションが遅くなるのも分からなくも無い。

でも、やらないと分からないことも多いわけで
というか
やらないと分からないことは
やるしかないわけで

どんな風にうまくいかないか
やると何が起きるか
そんな中から方向性や最適値を見出すことができる。

そう考えることができたら
できるだけ早くやれば
何かと良いことが起きそうだ

というのが理解できるでしょう。

結局は、価値観の問題ってことですかね。

すぐやるシリーズ

成長の効率の話

効率的な仕事法とか
知識やノウハウの蓄積とか
個人的な工夫をする
そういうのはもちろん大事です。

でも、自分のことばかり考えていても
うまくいかないのですよね。

仕事って内的なことではないから。

相手がいるし
大抵は仲間とチームでやっていたりもする。

でも以外と忘れがちです。

我々教員だって同じことで
学生を相手にしているのに
油断してると
「こうすりゃいいだろ」
みたいな独りよがりなことを
やってしまいがちではないかな
と思っています。

さてさて
日頃、学生のチームの面倒を見ていて
どうやったらチームのレベルを上げられるか
というのが課題なのですが
常々言っているように
直接相手の心はいじれません。
まして、チーム全員の心なんて無理です。

でも、相手の気付きを促すきっかけ
くらいはは作れるわけで
以下は自分自身へのリマインドです。

チームでは
メンバー各人のマインドのレベルを上げる必要がある。
そうしないと、そもそも高いレベルの仕事をしよう
なんて思いません。

これ、知識とかスキルのレベルは関係ありません。

でも、すぐに何とかなるものではありません。
個人差もあるし。

なので、何度も何度も
きっかけを作って提示する必要があって
時として想像以上の時間がかかったりするけど
それは仕方ない。
諦めたらそれでお終い。

あと、一所懸命やっているようでも
「何のために」が抜けていることや
ついつい「自分のため」に
効率の良いやり方をしようとしていることがある
これも注意。

効率が良くて何が悪いんだ?
とお思いかもしれませんが
自分のための効率向上なんて
大抵はろくでもないことです。

なぜって
自分が楽するためだから。

でも本人は
そうは思っていないことが多いものです。

ありがちなのは
ものごとを考える初期段階で
考えを広げないこと。

アイデアなんてのは、初期段階に沢山出して
その中から最適なものを選択すべきなのに
最初から「正解」を探そうとしたりします。

その結果
そもそも方向性がおかしいとか
正解が出なくて時間を浪費するとか
そんなことになります。

これって、根底にあるのは
自分が楽するための考え方です。
最低限の手間で要求をクリアするための。

なので、仮にうまくいっても最低限の成果です。

本人には全く悪意はありません。
それどころか、ちゃんとやってると思ってます。

学校の教育なんて
課された課題をクリアすれば良いのだから
そうなっちゃうのは仕方ない。
習慣の結果です。

もちろん本人は
なんでそういう行動を取っちゃうのか
分からなかったりします。
習慣なんてそんなもんです。

なのでそこに「きっかけ」が必要なのですね。
気付くための。
「こんなふうになっちゃってるよ」と。

習慣は、そう簡単には変わらなかったりしますので
何度も何度もきっかけを作る。

繰り返すにも限度があるけど
簡単に諦めるわけにはいきません。

ただし、「何度も何度も」の間には
本人のアクションとかトライが入るわけで
もちろんそこでは失敗します。
その結果のフィードバックが「きっかけ」です。

「こうやればいいよ」
という直接的な答えを渡すわけではないので
効率は悪いかもしれないけど
人の成長は、持っている形式的な知識量と
イコールではないから仕方ない。

この辺を勘違いすると
成長の効率を求めているつもりが
逆の結果になる。

「直接的な答えを渡す」というのは
「考えなくていいよ」
「やらなくていいよ」
というのとイコールだから
肝心なところを考えられない、できない
ということになる。

こんなことを考えたりやったりしていると
学生本人と向き合っているようで
実は、学生を通して
その習慣を形作った相手と戦っているような
そんな気持ちにすらなります。
実際そうなのかもしれませんが。